2022年2月9日水曜日

イライラと向き合うこと

大谷翔平選手が、昨年の大リーグの試合で納得いかない判定を審判にされて、自分自身がイライラしたのを感じて「自分はまだまだだな」と反省したというエピソードがありました。
大谷選手のように自分の心の中にあるイライラを感じて、そのイライラを自分で処理できるようになることが、対人関係をよくする上で最も大切なことだと思います。

例えば、若いカップルがデートの待ち合わせをしていて、彼女が待ち合わせの時間になってもなかなか来ず、彼氏がずいぶん長い時間待ちぼうけをくわされていたとします。
ようやく遅れてきた彼女に対して、彼氏が「遅いやん、何しててん!」と怒鳴ったことがきっかけで、彼女と口論になりました。

もしここで、彼氏が怒鳴らずに大谷選手のように自分の心のイライラを処理して、さらに相手に対して素直に「寂しかった」「最近、僕と会うことを前みたいに楽しみにしてないんじゃないか?と不安になった」と気持ちを伝えることが出来れば、もしかすると、彼女も「寂しい気持ちや不安な気持ちにさせてごめんなさい。」と素直にいえたかもしれません。

イライラを相手にぶつけることが、最も対人関係を悪くさせることもあります。
そのイライラを大谷選手のように処理できるようになると、多くの対人関係は良好になり、その積み重ねが世界平和にも繋がっていくと思います。


2022年2月2日水曜日

支援者自身の心身のコンディションが最も大事!

僕自身、精神科医である前に只の平凡な人間なので、心身のコンディションがあまり良くないときもあります。
そのような心身のコンディションがあまり良くない時の診察では、時に僕と患者さんとの間の関係性も不安定になることもあります。

診察室以外でも同様です。
僕の場合は、僕自身の心身のコンディションが良好な時とそうでない時とでは、いわゆるプライベートな身の回りとの対人関係にも影響します。

自分の心身のコンディションを良好にしておくためにも、勇気を出して休む、ほどほど、ぼちぼちが大事ですね。
時には頑張らないことを頑張ることも大事だと思います。

2022年1月26日水曜日

レジリエンス(主体的に困難に立ち向かう力)=「自己肯定感」+「社会性」+「ソーシャルサポート」

先日、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授と小児脳科学者・成田奈緒子医師が語る「子どもの脳を育てる3要素」というネット記事をみかけて感銘を受けたので、勝手に抜粋して紹介したいと思います。

発達障害のある方の多くは、主体的に困難に立ち向かう力である「レジリエンス」が低くなりやすい傾向にあります。
「レジリエンス」は「自己肯定感」「社会性」「ソーシャルサポート」の3つの要素で成り立っていると言われています。

発達障害の子供は周囲に理解されにくいため「自己肯定感」が低くなることが多く、さらに社会相互作用の障害であるため「社会性」も同様に低くなることが多いです。
また、「ソーシャルサポート」とは「周りの人に助けられているということを実感する力」であり、発達障害の子供が「できない~、助けて~」とSOSを出したときに、それを周囲が理解し支えてあげることにより「私は誰かに支えられていることを実感していますよ」と認識していることが重要となります。

この3つの要素の中でも「自己肯定感」は、なかなか上がりにくく「自分なんてダメだと感じてしまう気持ち」は、なかなか変えられません。
「自己肯定感」は、思春期年代まで(中2~10代まで)しか上げることはできにくい為、20代以降で自己肯定感を上げることは難しいのです。
そのため思春期年代までは、できるだけ自尊心を上げていく関わりが重要となります。
「社会性」も同様に、発達障害の特性でもある為、改善していくことはやはりなかなか難しいです。

しかし、この3つの要素のどれかが上がれば、本人のレジリエンス(主体的に困難に立ち向かう力)は上昇させることができます。
また、自分ができないことをちゃんと理解して、誰かに「助けて」っていえる援助希求能力を育み、それを周囲が理解してサポートしてあげることで「ソーシャルサポート」を上昇させることの重要性を、この対談では述べられていました。

まとめると、大人の発達障害の人には、誰かに支えられているという実感を持てる関りが重要になります。
子どもの発達障害の人には、自尊心を育み、社会性も、できる範囲で療育などで学び、周囲の人に支えられているという実感を持てるような受容的な環境に身をおくことが大切になります。
この3項目の足し算が、発達障害の支援において大事な公式になると思ったので、ここで報告させていただきます。

2022年1月19日水曜日

発達障害の過剰診断について

僕は、児童精神科医、精神科医として毎日2歳から大人までの発達障害の診療をしているため、どうしても発達障害という知識が多い影響もあり、また、そうしたことの診断の意識が高いため、他院よりも発達障害の過剰診断になりやすい傾向があります。

ここについては、賛否両論あると思うのですが、発達障害の特性や症状が原因で、うつ病とか心身症、不安障害などの2次障害となっているのか否か?
或いは、そもそも発達障害がベースに有るのか無いのかによって、これまで歩んできた人生の生きにくさの累積加算が違ってきます。

また、精神症状が回復して、その人がその人らしく生きていくという自己受容というテーマのためには、発達障害のアセスメントは、とても大切になってくると思います。
「病気を診ずして 病人を診よ」という格言がありますが、精神科的には発達障害というベースの有無が、その人、各々の持つ生きにくさの理解の部分で、発達障害の視点は、かなり重要な位置を占めていると思っています。

だからこそ僕は、なるべく発達障害の2次障害としての精神症状なのか、そうではないのか?には、鋭敏でいたいと思っています。

2022年1月12日水曜日

インドの子ども

僕は、大学時代の夏休みに1ヵ月程度バックパッカーでインドに旅行をしていました。
旅先では、インドの子どもと一緒に空き地でクリケット(南アジア諸国では圧倒的人気のスポーツ)に参加させてもらったり、ガンジス川の地元の子どもしか入れないようなところで一緒に水あそびに入れてもらったりしました。

その現地の子どもらが、学校から下校してきてテストでいい点をとったと、目を輝かせて僕に見せてくれたり、インドでの答案用紙は英語とヒンズー語などを選べるとかの説明をしてもらったりしました。

インドの子どもらの笑顔は、とてもエネルギーに満ち溢れていたように感じ、貧しいけど、明るくて、たくましくて、旅行中に、とても元気をもらいました。

その後、日本に帰国して僕が感じたのは、圧倒的に物質的に豊かですが、勉強や様々な社会的な競争圧力がそうさせているのか?日本の子ども達の方が生きづらそうにしているように感じました。

そういや大人である僕も、帰国して日本で生活していると、生きづらいし、生きていることに時々、痛みを感じます。
個人的には、その国の健康度をみるのに、その国の子どもをみると、社会の健康度が分かる気がします。
インドは貧しいけど、活気があり、生きていくという意味ではリアルでした。
日本は、快適だし、ご飯も美味しいし、安全だし、衛生面もしっかりしている。
なのに、生きづらい。

かといって、僕はインドで暮らしたいとは思いません。
実際、大変だし、汚いし、治安も悪いし、カレー以外は美味しくないし。
もう、インドに行くエネルギーもないですし。
でも、インドにいた子どもの明るくて、無邪気な笑顔が忘れられない。
貧しさ、快適じゃないから、家族とか仲間とか、大事になったり、たくましくなるのかな~。
少なくとも『生きるということにリアリティーを追求していくことが大事なんだな~』ということは思いました。

つまり、精神科の治療も『治療にリアリティーを追求していくことが治療的になるんじゃないかな~』とこのブログを書きながら、そう考えがまとまってきました。

2022年1月5日水曜日

プロ野球選手の遺産

僕は、元プロ野球選手のイチロー氏のファンです。
現在はシアトル・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターを務めるイチロー氏ですが、メジャーリーグのオフシーズンになると、野球人生第2章として日本に帰国して高校球児に指導している様子などが報じられています。

ただその指導方法も、自らが現在も現役並みのトレーニングを積みつつ、現役選手的にプレイを見せて教えている様がかっこいいと個人的には思います。
だからこそ説得力が誰よりもありますよね。
だって、自分が現在もできることを伝えているんだから。
イチロー氏が、こうやって自分自身を追求しつつ高校球児に伝えて遺そうとしている様に僕の胸は熱くなります。

また、プロ野球界歴代でも稀にみる名将だったといわれているノムさんこと野村克也氏の愛弟子たちが、現在、プロ野球12球団のうち5
球団(阪神、日本ハム、ヤクルト、楽天,西武)で監督として活躍しています。
今年、日本一にかがやいたヤクルトの高津臣吾監督もその一人です。
野村克也氏の遺した言葉で、「金を残すは三流、名を残すは二流、人を残すは一流」があります。

野村克也氏の偉大さと同時に、人に何かを遺せることの素晴らしさを感じています。

僕も今は、目の前の診療に集中して頑張って、少しでも次世代に遺せるような人になりたい。
そのためにも、今は目の前の診療を誠実に向き合い続けていきたいと思っています。

2022年1月1日土曜日

令和4年も、何卒よろしくお願い致します

今年で開院して5回目の正月を迎えることができました。
また個人的にも、元旦が僕の誕生日ですので、令和4年1月1日で厄を終え43歳となりました。

僕を中心にして、家族、スタッフらの心身の健康を大切にして、患者さんにとって、治療的なクリニックになれるように、
安定的に頑張っていきたいと思っています。
本年も、どうぞ当院をよろしくお願い致します。