2021年9月22日水曜日

アフィニティー(親和性)の大切さ

僕は子どもの頃から、勉強が嫌いです。

高校3年生の秋頃に医者になりたいと本格的におもいだして、受験勉強をして3浪の末に医学部に入学しました。

その3浪の末に医学部に合格した時は、大学に入ったら立派な医師になるために勉強を頑張ろうと思いましたが、やはり根っからの勉強嫌いなんでしょうね、医学生になってからも、あまり勉強はしませんでした。

しかし、医学生の頃に精神科領域の本は、他の診療科の本と比べると薄かったのか?すっと、苦痛なく読めたんです。

それに、精神科の実習は何か気負いもなく、自分の中の興味や能動性が刺激されたのを覚えています。

好きなことというよりは、アフィニティー(親和性)だなと思います。

『やっていること自体に苦痛が少なく、結構やれるもの』それをみつけて伸ばしていくと、仕事になるのか?趣味になるのか?分かりませんが、人生をかけて、自分のアフィニティーのあることをみつけていくことって大事だな~と思います。

僕は精神科の勉強だけは、現在でも真面目にやり続けてられるけど、作田整骨院のせがれだけど、整形外科の本とかは数ページ読むだけで、もうしんどかったので、整形外科医にならなくて良かった~って思います。

2021年9月15日水曜日

少年よ大志を抱け

 最近、「Dr.コトー診療所」というドラマをTSUTAYAで借りて、久しぶりに視聴しました。

そこで印象に残った言葉が、コトー先生が「Boys, be ambitious」を引用した話でした。

この有名な「少年よ大志を抱け」のフレーズは、みなさんも1度ぐらいは聞いた事があるのではないでしょうか。
この言葉は、札幌農学校(現在の北海道大学)の初代教頭のウィリアム・スミス・クラーク博士が、アメリカに帰国する時に、見送りに来た学生に残した言葉です。
クラーク博士は、「人はいかにあるべきか、その道を全うするために大志を抱け」と、学生らに伝えて去りました。

僕が思うのは、正しい学習とは、学びを通じて自分の周囲の人に優しくなれるなら、それは正しい学習であり、反対に、学んだことで自分の周囲の人に優しくなれないのなら、それは誤った学習だと思います。

僕がこのドラマを視聴して思ったのは、コトー先生は、医療を通じて、医者とはどうあるべきか、人としてどうあるべきか?を大志を抱き続けて、学び続けて、その答えを探していく旅の途中だと思いました。
コトー先生は、僕の憧れです。

2021年9月8日水曜日

理想的機能不全家族を目指す!

 僕の主な日曜日の夕方の過ごし方は、ちびまる子ちゃん、サザエさんを続けて観るのがルーティーンとなっています。
「子ども達が好きだから」と習慣になっている?からです。

サザエさんのエンディングの「さざえさんは、愉快だな~」のフレーズで、いつも感情がこみあげてきて、ノスタルジックで感傷的な気持ちになるのです。
これは「明日(月曜日)からまた仕事か~」という現実に直面して憂鬱になる、いわゆる『サザエさん症候群』という感じ以外に、この二つのアニメには「何かあるんじゃないか?」と思いました。

この日曜日の夕方にテレビで放送されている、ちびまる子ちゃん、サザエさんは、昭和の頃に理想的とされていた家族をテレビアニメに投影したような印象です。
だから僕は、こうしたアニメを視聴すると、何か家族の理想を押し付けられるような感じがして、しんどくなるのかもしれません。

現代の家族は「理想的機能不全家族を目指す」でいいと思っています。
僕が個人的に思っている「理想的機能不全家族]とは何かというと、例えば、僕の家族はリビングにみんないてても、それぞれスマホでユーチューブを観たり、ゲームやタブレットで何かをしていて、みんな別々なことをしている感じです。
ダイエットしている人、プロテインを飲んで鍛えている人、お菓子を食べている人~。
みんな違ってて、各々違う方向を向いてて、まとまりがないのがいい、でも、そこまで揉めてない・・・みたいな。

現代の家族を描いた家族アニメをに日曜に流してくれると、僕のサザエさん症候群は、もう少しましになるのにな~と思いました。

2021年9月1日水曜日

俳優 大沢たかおさんがインタビューで話していたこと

 数々の人気ドラマや映画に出演し、観ている多くの人を魅了してやまない俳優の大沢たかおさん。
僕も大好きな俳優さんの一人です。

先日、テレビのインタビューで『僕が苦しんだ分が大きい方が、お客さんは喜んでくれる。僕自身は、俳優として特にやりたいことはないです。求められた仕事で、期待されたら、それに対して一生懸命応えるだけです』と話されていました。

大沢たかお『やっぱりカッコいいな~』と感じました。
格好をつけている感じじゃなくて、飾らないで素直に表現している実直さが好きです。

僕自身も、日々、診療に苦しんでいます。
でも目標は、診療技術が上がって楽に診療できるようになることではないんだな~、と思いました。
やっぱり、診療場面で患者さんと向き合って、苦しんで、苦しんで、無い頭で捻りだした関わりの方が、患者さんに受けている実感があります。
診療で少しでもさぼったり、集中力が低下した状態で、いわゆる「流した」状態での診療になった時の、患者さんの受けは、非常に悪いです。

苦しみから逃げない、相手の期待に応えるためにベストを尽くす!
医者を引退するその日まで、苦しみから逃げずに、頑張りたいと思いました。

2021年8月25日水曜日

悔しい気持ちの重要性

 新型コロナウイルスの影響により、史上初の1年延期となった第32回夏季オリンピック東京大会でしたが、もちろん開催国である日本をはじめ、あらゆる意味で世界中で色々な思いのあった大会だったのは想像に難くないかと思います。
また、今大会に出場する選手や、1年の延期により出場に至らなかった選手や選手をサポートしている方々の思いは、計り知れません。

オリンピック選手の方々の印象に残る言葉は、
「悔しい気持ちをずっと忘れないように持ち続けていた。それが良い結果に繋がった」
という内容のものでした。

僕の好きなイチロー選手も、4,000本安打の時の記者会見で
「4,000本安打には、僕の場合、8,000回以上悔しい思いをしている。その悔しさと常に向き合ってきた事実は誇れると思いますね」
と、よく似た内容のコメントをされていました。

僕自身は間違いなく、もっと低いレベルであることは、自覚しています。
でも僕自身の原動力も、診療で感じている日々の「無力感」や「悔しさ」です。
そこを自分なりの向き合い方をして、指導を受けて研鑽を続けていきたい。
そう思わせてくれたオリンピックでした。

2021年8月18日水曜日

僕は、精神科医として患者さんから笑いをとりたい!

テレビを観ていると色んな芸能人が出演していますが、特にお笑い芸人さんは、どんなジャンルの番組でも、ほとんどと言って良いぐらい出演していますよね。
僕も対面商売なので思うんですけど、芸人さんがお客さんを笑わせるのって、すごいプレッシャーだろうと思います。

ちなみに、芸能人で僕と近い芸風?を感じるのは、ココリコの田中さんです。
ココリコの田中さんは、出身が僕と同じ大阪府豊中市庄内で、かつ身長181cmも同じで、以前、番組で田中さんが、地元庄内の肉ふじのコロッケが好きと話していたのですが、僕も好きな地元グルメ!です。

他にも、キスマイの宮田君、サバンナの八木さん、野々村真さん、ますだおかだのおかださん、そば好きで再脚光中のDEENのボーカル池森秀一さんなど、テレビを観ていて何か自分自身、勝手にシンパシーを感じています。

何というか、何となくの僕の中の勝手な印象で非常に恐縮なのですが、個人的に前に挙げた芸能人の方々に共通していると思う感覚は、凡人で気も小さいのに無理して何とかあがいている感じ・・・。

でも、陰で生き残るために、必死に、謙虚に、誠実に取り組んでいるのも分かるから、ちゃんとこの人たちには、仕事は回ってくるんだろうなと思います。

僕自身、不器用で突出した才能はないけれど、精神科医として患者さんに笑いを届けたい。
笑われてもいい、引き笑いでも、精神科医が笑わせようとするだけで、患者さんは結構受けてくれるので、ありがたいです。

だからこそ、『これからも診察で笑いを取りに行くぞ~』と思って診療して、滑る日々を送っています。
「よっ!滑り芸!」

2021年8月11日水曜日

少学生の頃のサッカーとの違い

僕は小・中学生の頃、サッカーをしていました。
ポジションは、ずっとディフェンダーでした。

小学生の頃は、とにかく必死で守ってボールを前線に供給するということだけといってもよいぐらい超シンプルな感じでプレーしていましたが、チームのレギュラーとして一生懸命やっていました。

しかし、中学生になってサッカー部に入ると、当然、小学生のときのような超シンプルなサッカーでは間に合わず、パスや連携などといった動き方が必要で、自分にとってはそれが難解な感じでついていけなくなり、ベンチを温めることが増えていき、すっかりやる気をなくしてしまいました。

もちろんプロのサッカーにもなると、もっと組織的になり複雑で相互の連携やコミュニケーションを求められることは容易に想像がつきますよね。

発達障害の子らの多くは、僕が中学生の頃に感じたこうした難しさを、すごく感じていると思うんです。
サッカーだけでなく、世の中も、コミュニケーション、連携、空気を読む、臨機応変、迅速性、協調性などを、より一層求められています。
発達障害の人に比較的向いている仕事が社会からどんどん減ってきており、昔は口数の少ない頑固おやじの仕事があったのに、今は無くなってきています。
『難しい時代に入ったな~』と思います。