先日、児童精神科領域の勉強会に演者として参加しました。その際に、前列の席で、偉い先生が、スマフォをいじっていて、演者の僕の認知としては、偉い高名な先生だから、僕の話は、レベルが低くて、興味を惹かないのだろうな~と感じていました。
勉強会の後に、飲み会があり、そこで、自虐的に、その先生に、話したら「そんなことはない。先生の話は、新鮮で、聞きなれない用語も出てきて、それを調べてたんです~。」と結構、好意的に、僕の話に興味を持って、聞いてれたんだ~と嬉しい気持ちになりました。
僕自身の、心の内面としては、3浪して、何とか医学部に入学して、その後も、優秀じゃない成績で、かつ、大学を卒業後も、大学院などに入ってアカデミックな勉強をしたりもせず、そうした劣等感やコンプレックスがあり、そうしたことの「投影」(自分の中にある感情・欲求・欠点などを、自分ではなく「他人のもの」として感じる心の働きという自我を守る防衛機制のひとつ)して、偉い先生が、僕が話している際中にスマフォをみているという行動に対して、僕自身は「どうせ、高名な先生には、僕の話なんてしょうもないんやろうな~」と被害的な捉えになってしまったのだろうと思いました。こうした「投影」という心理的な現象が、日常的に、悪循環を生じている気がするので、共有はしておきたいです。