2026年9月2日水曜日

精神科の診察は、旅のようなもの

 僕は、大学時代、時間を見つけては、あちこち旅をしました。国内では、高知県以外の46都道府県には、一応、足を踏み入れております。世界では、インド、シンガポール、香港、台湾、エジプト、ケニア、タンザニア、オーストラリア、ニュージーランド、イタリア、フランス、サイパンなどです。医師になってからは、旅行は、あまり行けてないです。でも、診察室で診察していると、患者さんを通じて旅をしているようです。その人の歴史、感性、困っていることの相談を通じて、相互の関係が構築されていく。診療は、まるで旅のようです。その人の文化や感性に触れて、相互交流で、治療的な交流を目指す。今日も、「JTB作田」を目指して、旅人のように診療したいと思います。

2026年8月26日水曜日

ハイキングが好きです

  先日、生駒山にハイキングに、一人で行ってきました。宝山寺というパワーを感じる場所でお参りして、山頂を目指すと、山頂が、生駒山上遊園地になっている。頂上は、遊園地というのは、何か拍子抜けするような感覚がありました。

 その後、下山で違うルートで降りてみたら、道に迷ってしまい、全然違う場所に下山してしまいました。これも登山の醍醐味です。おかげで、「ラッキーガーデン」というスリランカ料理を食べることができて、ハイキングとお参りとグルメで、充実した時間を持てました。

 登山では、大きな木、シダ植物、苔、草花などが、自然環境の中、共生している。この調和のバランスが、人間社会でも大事やな~、と思いつつ、下山しての、スリランカのカレーも、色々なやつをマゼマゼして、美味しく頂きました。大木もシダ植物も苔も草花それぞれ共生できる、自然の厳しさの中に調和を図ることの大切さを学んで、生駒山をあとにしました。

2026年8月19日水曜日

悩み事をする際は、意識レベルに注意!

  イチロー氏が、「僕は、寝る前に、悩むことは、まずありません。意味がないからです。僕は、朝起きて、朝ごはんを食べて、トレーニングをしっかりして、意識が清明な状態で、集中して悩むようにしています。3日寝ないで、悩むとか、僕は、意味が分からないです。」と話されていました。

 精神科医的には、非常に納得します。半覚醒状態で、ボッー、とした状態で、物事を考えると、過去のネガティブなことの想起か、未来の不安や悲観などに思考が引っ張られやすくなり、一番大切にしなければいけない「今を前向きに生きる」が抜け落ちてしまうからです。

 時々、診察室で、患者さんが、ひきこもりがちで、こうした「悩み症」状態から抜け出せない方に、「1日、何歩歩いている?」と聞くと、さっとスマフォを出して、800歩でしたと教えてくれました。運動不足、動かなくなると、半覚醒状態の時間が増えて、煩悩が増えて、過去のトラウマや将来の不安などが、頭の中を占めていって、「今を生きる」が抜け落ちてしまう。そこを一緒に共有して、少しずつ、一歩ずつ、まずは、少し運動したり、掃除したり、家事をしたり、散歩したりを、本当に少しずつやっていってくれています。

 精神疾患の多くは、「脳の生活習慣病」という要素が多いので、生活習慣を一緒に見直して、是正していくことを支援していければと思います。悩み事をする際は、自分の意識レベルに注意しましょう。ボッーとしている状態で、悩み事をしていたら、イチローさんの格言を思い出しましょう!

2026年8月12日水曜日

過度な反省、後悔、自責は、煩悩!智慧と善行こそが修行の道!

  僕は、仏教系のユーチューブを視聴することが好きです。今回は、そこで、なるほど!と思った部分を共有したいと思います。

 人は、過ちを犯しますよね。僕自身も、仕事でも生活面でも日々、過ちを犯しています。その際に、反省したり、後悔したり、自責的になったりする。それを過剰にやりすぎると次第に「心が小さくなる」結果的に、「自制心も低下」して、悪行が増えやすくなる。そのため、過度な反省、後悔、自責は、慎むべきだということが、仏教の教えにあるそうです。過度な反省、後悔、自責は、煩悩だと、意味がないどころか、やめなさいと仏教で指導しているのが、精神科医的にも、非常に納得します。

 仏教では、過ちに対して、智慧をもつことは大事だと、今後の知識や技術を身につけ、同じ過ちを繰り返さないように努めることが大事だと説いている。また、犯してしまった過ちに対しては、「善行」を行うことが大事だと。その善行を行う時に、邪魔になるのが、過度な反省、後悔、自責という煩悩であると。自分の心を健康に磨いて、これからの人生を、精力的に善行を行っていくことこそが、正しい道だと諭している。本当にそうだなと、思います。

 過剰に反省、後悔、自責的になっている患者さんが、当院では、来られますので、そうしたお手伝いを、診療を通じて、していきたいと思います。もしも、取り返しがつかないようなことだったとしたら、相手の幸福を、又は、ご冥福を、祈ること、これも善行になると思います。

 僕は、小さな診察室で、日々、診療で失敗して、反省しますけど、智慧をつけて学ばせていただきつつ、よりよい診療という善行になれるように精進していきたいと思います。

2026年8月5日水曜日

早期退職よりも、ずっと働きたい!

  大学の同級生とあったりすると、55歳頃を目途に、仕事をセミリタイアしたいとか、結構身近な人が、仕事に、人生に疲れているように感じる、今日この頃です。

 僕自身は、3浪して、やっとの思いで医師になれて、日々、しんどいこともありますけど、仕事を通じて充実しています。診療を通じて、患者さんが、少し楽になった姿をみたりすると、何よりも充実した気持ちになります。

 僕は、早期リタイアよりも、健康である限り、健康的に医師として、自分ができることを全うしたいと思っています。もちろん、自分の心身の健康状態によりますし、仕事以外でも、人生を謳歌はしたいですけど、苦労して医師になったんだから、医師になりたくても、なれなかった人もいたわけだし、医師を続けていきたいと改めて、自分に問い直してみて、そう思いました。

2026年7月29日水曜日

心身の健康を支援する。その後の人生の責任は、患者さんに委ねる

  かつて「かわいいは作れる!」というキャッチフレーズのCMがあったかと思います。精神科診療でも患者さんとの共同作業で、「元気は作れる!」というキャッチフレーズ的に、元気を回復してもらえるようなお手伝いをしています。

 しかし、児童精神科の診療をしていると、そこに+(プラス)で、その子が、「何者かになってほしい」「将来、自立できるようになってほしい」という願いが発生してきたりします。でも、そこが、支援者が強いとエゴになったりして、返って、その子を追い込んでしまうリスクが生じます。児童精神科医としては、診療を通じて、「その子が、何者になるのか?」、そこは本人の自己責任によるところが大きいし、こっちは、そこまで思わなくていい、そう自制する必要性も感じています。

 結局は、自分の人生の目標や責任を取れるのは、自分自身しかいませんからね。そのための心身の健康さを、回復してもらえるように、支援に徹したいと思って、今日も、診療に望んでいます。

2026年7月22日水曜日

無力ではなく、微力です。

 普段診療していても、精神科の治療って、支援とか応援的意味合いが強いので、内服も処方はするけど、実際飲むことは本人の意思なわけで、最終的には、患者さんを信じて祈るしかない。死にたい患者さんにも、入院は勧めるけど、強く拒絶されると、なかなか治療関係上入院させるのは難しいケースも多く、結局は、患者さんが、死なないことを祈るしかない。もちろん、それまでにも、色々と手立ては考えるし、作戦は錬るけど、最終的には祈るしかない。

 だって、生活の主体は、どうしたって、本人なんだから。それを、僕ら治療者は、応援したり、祈るしかない。でも、死んでほしくないし、自分も他者も、傷ついて欲しくないし、傷つけて欲しくない。祈りをもって支援すると、通じている部分も大きいので、無力だとは思わないで、微力だと思って、自分のその「祈りの力」を信じて、支援していきたいと思います。微力ですが、思いが通じますように。