2024年6月12日水曜日

人は、遠目でみると、普通。でも、近くでみると、みんな変!

 精神科の診療を通じて日々、感じていることがあります。

「人は、遠目にみると、普通に見えますが、近くで、まじまじと精神科的にみると、それぞれ、みんな変!」ということです。

 すべからく、みんな変です。夫婦問題にしても、交際しているときは、相手が良く見えても、結婚して、夫婦になったら、お互いに変だと思うものです。でも、お互いが各々、変なんだということを、認識してからが大事で、相手が変わらないといけないからスタートすると、関係は悪化します。まずは、相手のあるがままを受容する。その上で、折り合いをつけていく。そういうスタンスが大事だと思っています。だって、自分だって変だということを忘れてはいけないと思うんです。

 そんな変な自分と、縁をいただいて一緒になって夫婦になったのなら、そこの感謝をお互いに忘れてはいけないと思うんです。お互いに・・!

2024年6月5日水曜日

「嘘をつくな」と育てると、嘘つきになります。

 今回は、岡本茂樹先生著「いい子に育てると犯罪者になります。」という本から抜粋した情報を出します。幼少から「親に嘘をつくな」と親によく叱られるとどうなるか。親が、子どもに、「嘘をつくな!」→子どもは、嘘をついてはいけないと思うから、親にバレないように嘘を繰り返す→親が怒るの悪循環に至りやすい。この悪循環を、まずは、親が理解して、親が子どもに嘘をつくなと心理抑圧をかけることで、返って、自分の本当の姿や気持ちに蓋をしていきることを強要してしまう。→そこに、親が気づいて、こどもにすまなかったと謝罪して、子ども自身も自分の気持ちに素直になれて、その気持ちを、身近な人に相談できるようになって、嘘をつかなくなっていく方向にシフトチェンジしていく。こういう流れが大事だと思います。

 幼少から親が、子に「一度決めたことは最後まであきらめるな」と指導する→子;しんどくなって途中であきらめても、叱られるのが嫌なので、「あきらめてないよ」と嘘をつく→親に嘘がばれる→親は「嘘をつくな!」と厳しく叱る。→子:また嘘をついて、また叱られる→親が、「嘘をついてはいけない」という「家庭のルール」ができる。→子;次第にバレないようにうまく嘘をつく→嘘に嘘を重ねる生きかたになる→最後に「大きな嘘」事件を起こす、になるリスクが高まる。親にありのままの自分を出せない、受容してもらえないのが、問題の種になってしまうことがあることを、子育てにおいて知っておいてもらたい。

 世の中で、自己肯定感という言葉が普及し、やれていることを褒めて伸ばそうというのは、僕は、正直、しっくり来ないというか、薄っぺらい自己肯定感のように感じているし、大人が子どもに操作的、支配的にするために褒めているように感じる時があります。

 本当の、自己肯定感というのは、「そのままのあなたでいいよ」だし、失敗したり、問題行動をしたときに、ドンマイ!と寄り添ってあげることの方が、真の自己肯定感を感じられるようになると思います。

 自信を持つとは、どういうことか?人よりも、勉強できることか?運動できるということか?それでは、もっとできるやつが出てくる。誰よりも根性があるとか?だとしたら、「お前に根性があるなら、あいつを殺せるよな」と人に頼まれて、実際に殺人事件を起こした人もいる。根性を競っても、自分の身も他人の身も滅ぼしてしまうこともある。親が子どもに「小学校6年になったんだから頑張ってね」「お兄ちゃんに負けないように、あなた(弟)もしっかりしてね」といった言葉かけも、親は子どもを発奮させようと思って言っているのでしょうが、本人からしたら「今のあなたではダメ」というメッセージを送っていることになる。

 自分に自信がない子の多くは、「今のあなたのままではダメ」というメッセージをたくさんもらっている。だから、「今のあなたのままでOK」というメッセージが大事になるんです。そもそも自信とは、自分を信じることができるということ。もっと言えば、ありのままの自分自身そのものを信じることができることです。そのためには、親だったり、身近な大人が、ありのままの自分を信じてくれることが大事になります。なぜなら、あなたの自信があることは何ですか?勉強?スポーツ?外見?どんなものでも、自分より優れた人や能力を持った人は出てきます。周囲よりもできているというのは、優越感に過ぎない。(決して、優越感がダメだと言っているわけではありません。)テストで悪い点を取ってもOK、試合で負けてもOK、勉強でも運動でもお兄ちゃんよりできなくてもOKと伝えることで、こどもが「自分は今の自分でいいんだ」と思えます。

 そして、こどもが「自分は今の自分でいいんだ」と思ったときこそ、自分から「頑張ろう」という気持ちが心の内側から持てるようになるのです。それを、待って、信じてあげることこそが、教育や子育ての本質だろうと思います。

2024年5月29日水曜日

昔の人は、精神疾患は少なかった?

 大河ドラマで、平安、鎌倉、江戸時代とかを結構やっています。当時の時代は、かなり残酷な出来事(流行り病で死んだり、凶作で飢饉に陥り餓死者がでたり、人身売買が行われるなどなど)も多かったのでトラウマだらけだったと思いますけど、トラウマ的な症状を呈している人の数は、いうほど多くない印象を持つんです。

 理由としては、昔の時代は、経済的な余裕がないこと、科学技術の未発達があげられます。当時は、貧しいから、つらいことがあっても、自分の体を動かして農作業とかしないといけない。それに、昔は大家族制で地縁の絆も深い中、おじさん、おばさんとか村長とか良い人間関係もアクセスしやすかったかもしれません。つまり「北の国から」のような状況で、結構悲惨だったり、しんどいけど、何とか生きることができている。つらいことがあっても、身体を動かして、自然から命を頂いて、村の人々の助けをかりて、自然で遊ぶなかで、心は、健康さを取り戻すことができる。

 それが、現代は豊かになり、科学技術が発達すると、身体は動かさないで頭でっかちになり、自然と接することも減り、表面的な人間関係に捉われる。人間の自然回復力を促す4因子として

① からだを動かす 

② 自然を楽しむ 

③ 良い人間関係を味わう(相手が動物でも可)

④ 遊ぶ

が知られています。こういう4因子には、敵対・混乱モードから友好・安心モードへの移行をサポートする作用があります。

 心的な外傷記憶を持った子どもは、一緒に遊んでいる子の何気ない言動でも、それが引き金になって敵対・混乱モードになり、「頭ごなしで全否定された」「理不尽な侮辱を受けた」などの受けとめ方に伴う強烈な不快感や怒りが生まれる。そうなった子どもを前にして、親や大人も、混乱して極端な振る舞いになってしまう。特に、対応している大人自身も、親から受けた心的な外傷記憶があると、子どものそうしたことを引き金にして、敵対・混乱モードになってしまう。

また、トラウマの専門的な心理的な治療を受けることができる人は、ほんの一握りなので、できれば、この4因子を大切にしていかないといけないな~、と思っています。

早速、親しい人を誘って、サウナにいって、この4要素のような感じを取り入れに行ってきます。

 

2024年5月22日水曜日

親戚にウケた思い出が、僕の原動力!

  僕は、小学校の頃に、福井県の両親の田舎に帰省して、親戚に、お笑い芸人の真似事をして非常にウケたことがあります。その時、僕は自分が面白いやつなんやと思い込んで、大阪に帰って、同じようなギャグを、クラスメイトにしたら、全く受けませんでした。でも、僕の頭の中で、当時のウケた喜びは、しっかり記憶されています。

 僕が精神科医として、診療で追い求めているのは、子どもの頃と同じでウケることです。治療的に関わって、患者さんが楽になったり、患者さんの眉間の皺が減ったり、時に一緒に笑いあえたりする。こういうウケるのが、僕の人生のガソリンです。「ウケる喜び」、これをずっと追い求めています。

2024年5月15日水曜日

川で拾ったなすび

  子どものとき、田舎の川で遊んでいると、上流から綺麗な、「なすび」がどんぶらこ~どんぶらこ~と流れてきました。僕は、必死でそのなすびを川でゲットし、自慢げに母に持って帰りました。それを母が、漬物にして、夕食のおかずに出してもらいました。これが、僕の最初の労働だった気がします。当時、僕が、とったなすびやで~と、家族に誇らしげに言ったことを覚えています。頑張ってなすびをゲットして、それが、おかずとして、誰かが食べる。この時はじめて、僕は、働くことの感動を味わった気がします。人類の男性は、1万年以上前から、狩猟して、それで採った獲物で、家族を養ってきたわけで、そうしたことで獲得できる自己有用感って、特に男性にとっては大事ですね。

 

2024年5月8日水曜日

死への不安を和らげる方法

 戦争などの平和維持への不安・物価高騰・年金問題など色々不安を感じて生きています。あらゆる不安は、無意識領域では、「死」への不安が根底にあると言われています。

 死が怖いから、自殺するくらい。逆説的ですけど、人の根底には、誰しもが「死への恐怖」があります。しかし、誰もが、遅かれ早かれの差はあれど、必ず死を迎えます。

 その死を、少し受け入れやすくなる、死への不安を軽減できる方法の一つに、次の世代に、バトンを渡すことだと思います。子育てで、子どもが成長して、次の世代に親として繋げることが、有り難いのです。

 僕は、仕事で、児童精神科医として日々診療しているので、子育てや子どもの将来に少しでも役に立てたり、その人の中で、僕の関わりが支えになっているのなら、いつか僕自身が迎える死を受け入れやすくなります。

 誰かに、僕の一部、言霊なのか、思い出なのかを遺せるとしたら、僕は少し安堵して、死を迎えることができると思います。生きている間に、少しでも次世代の人に、役に立てるように、日々精進していきたいと思っています。

 

2024年5月1日水曜日

母に「美容整形するなら、どこをする?」と質問したら・・

 僕が、子どもの頃、美容整形最前線みたいな番組を視聴していて、当時、何気なく母に、「お母さんやったら、美容整形するとしたら、どこをしたい?」と聞いてみたことがありました。

 母の返答は「自分の顔を好きになってあげられるのは、自分しかいないから、どこも整形しなくていいわ~。」でした。

 僕は、その当時、思春期真っ只中で、外見とか、人からどう見られているか?と自意識過剰状態だったこともあって、母の返答で大いに納得いきました。

 自分の容姿を、自分自身だけは好きというか尊厳というか、自分自身を大事に思う気持ちが大切なんやな~ と思いました。

 美容整形のCMで、「コンプレックスを持って生き続けるのは、自分をなくして生きている~」というフレーズを否定したいわけではないけど・・・。

 「自分の中のコンプレックスを受容できるような心の健康さや豊かさが、これから先、自分も他者も受容できる心に繋がっていくとも思います~」と、そのCMを風刺したい気持ちが沸いてきたので、ここで勝手に言わせてください!