2020年10月22日木曜日

自分の治療スタイルを考えて働くということを考えました

当クリニックのWebサイトでもお知らせさせていただいておりますが、11月、12月に、臨時休診を数日とることにしました。
また、令和3年1月より、毎週火曜日は、午前診のみの診療に変更とさせていただくこととなりました。

自分の診療スタイルは、一人ひとりの患者さんに保険診療枠内(初診は30分前後、再診は5分~10分前後という時間制限の枠内)で、少しでも治療的に効果的に関わるように日々努力するということです。
現時点でも、己の未熟さと日々向き合いながら診療を続けています。

そこでの課題として、自分自身の心身の疲労が蓄積した状態で診療がうまくできていない部分については、もう少し、自分自身の心身の状態を整える時間が必要だと感じました。
また、自分が疲弊していくと、診療だけでなく、自分の身近にいる人も大事にできなくなる恐れを感じています。

僕は、精神療法の中でも、特に家族療法的なアプローチを重視している精神科医です。
その自分が、 身近にいる自分の家族やスタッフ、そのスタッフにも家族がいるわけで、そうした自分の一番近くにいる人たちを大切にしていくスタンスこそが、最も重要だと考えています。

そのためには、診療時間を減らしてでも、取り組むべきことだと判断しました。
その分、治療の質が少しでも上がることで患者さんに還元していけるように精進していきたいと思います。
患者さんにはご迷惑とご負担をお掛けして申し訳ありませんが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。






2020年10月15日木曜日

子育て環境の時代の変化

 今回のブログは、診療において子育て中の親御さんや、その祖父母の方から「我々が子どもだった頃は~」と話されることを耳にすることがあり、現在の子育ての環境を考える上で、一度、子どもや家族の状況に関しての歴史を、歴史的時代背景を踏まえながら、おおまかな時代ごとに簡略に追ってみたいと思います。

==========
・先史時代(縄文・弥生時代)
狩猟・農耕の時代で、家族単位で自立する経済的環境はなく、子育ては親が中心でありつつも「村」の中で行われていたと考えられています。
多産多死で、出産時の母の死亡率も高く、子どもの生存率もきわめて低かったようです。

 
・古代(飛鳥・奈良・平安時代)
ある程度階層が分化し、貴族・豪族・専門職などが成立し、身分格差が生まれ、家の継続意識が生まれてきました。
家族の役割は、人口の再生産と子どもの養育とされ、身分格差・子どもの格差が生まれました。
子どもは親の従属物とされ、子捨て・売買も行われ、庶民の子どもは裸で遊んでいました。

 
・中性(鎌倉・室町・戦国時代)
武家社会で、農業の発展とともに新たに多様な職業が生まれ、それらを継承するために「家」という概念が強まり、「家」では子どもは後継者として位置づけられ、寺社にて武家の子弟(してい)らは稚児(ちご)として入り教育を受けました。
しかし、相変わらず多産多死(16歳までに半数が死亡)で、生活のための堕胎、間引き、子捨て、売買がありました。
当時の小児医療は、民間療法と祈祷が主体で、成人まで成長できるのは半数程度だったようです。

 
・近世(江戸時代)
社会が安定し封建的な家長権が男性たる家父長に集中している家族の形態である家父長制(かふちょうせい)が確立され、職業が固定化、都市では商品経済が発達し、結婚して家庭を持てる人が増加しました。
家業を継承・維持するための子育てへの関心が高まり、教育への必要性も高まり、家庭外教育として寺子屋が普及しました。

 
・近大(明治~戦前)
新政府による富国強兵策により急速に西欧化し、その後、大戦から敗戦に至る過程で社会構造も激変しました。
子どもや家族を巡る最大の変化は、いわゆる「生めよ増やせよ」政策による多産の奨励で、小児人口が増加しました。
初等教育が全体に普及し、立身出世が目標とされ、国家政策的に家庭の役割や母性が強調され、小児医療は西洋化され、西欧的育児法も導入されました。

 
・現代(戦後~現代)
第二次世界大戦後、人権意識が変わり、社会が安定し、科学技術が進歩し、個々の生活が豊かになり、家族と子どもの環境は、出産の調節、医療水準の向上、生活条件の改善などによって、少産少死時代になりました。

==========  

上記では、江戸時代頃までは、生まれた子どもの半分は7歳頃までに死亡していたと考えられ、生き残ることが最も重要な課題でしたが、現代、出生数はこの100年で半減しましたが、半分以上の子どもが死んでいたという時代から、生まれた子どものほとんどが生存できる時代になり、小児の死亡率はきわめて低くなりました。

今、我々が生きる時代である現在の状況では、飢餓問題は消失し、飽食が日常になり、幼児期からの教育が一般化し、教育内容は高度化し、そのなかで低年齢からの競争が生じています。
生活環境では、居住環境の快適化に伴う密室化と孤立化へと変化していき、その結果として、家族や個人が孤立するという状況が生まれやすくなっています。

過去の歴史を遡ると、子どもの遊び空間は基本的に屋外でした。
しかし、自動車の激増、犯罪やコロナ感染の懸念などにより、自由に遊べる空間は都市部を中心に激減し、代わってゲームを中心とした仮想の遊び空間は増大してきています。
さらに、子どもを市場とした商品・情報が氾濫、医療の無料化など、子育ての環境の変化は激しく、こうした変化に伴って、生物学的なリアリティーの希薄化、コミュニケーション能力の低下、母親への過剰な育児負担などが生じやすくなっているといわれています。
 
得てして、小児医療においては、身体調節機能の低下、アレルギー疾患の増加は、きわめて現代的な現象で、家屋構造、食生活、感染症の減少など生活環境の変化と関連づけられており、特に発達障害の激増や顕在化は、子どもの環境の変化が大きく影響している可能性が高いといわれています。

また、核家族の進展からの孤立化した家族、特に母親の育児に関連する不安・緊張に起因すると思われる育児不安や虐待も大きな問題です。
育児は、母親的役割を担った存在を中心とした家族全体で行われることが最も効率的であり、つまりは、育児は家族全体の問題ではないでしょうか。

子どものこころや体の成長を育んでいくために、こうした時代の経過があることなどを、教科書から抜粋し改めて考える必要性を感じています。

 

 

 

 

2020年10月8日木曜日

1日の診察が終わって思うこと

毎朝、僕は診療が始まる前は、ものすごい予期不安で一杯になります。
 

『今日一日、患者さんに少しでも治療的に関われるだろうか?』
また、『患者さんの待ち時間が長時間発生しないように、今日も1日、円滑にクリニックが運営出来るだろうか?』
と、色々な想いを胸に日々診療しています。

理想は、その日1日、及第点でもいいので、全ての患者さんに治療的に関わって診療を終わりたいと思っています。

しかし、残念ながら非治療的な関わりになって診療が終わってしまうこともあります。
そうなると、診療が終わってから、患者さんがしんどい中で、当院の治療にせっかく来てくれたのに期待に応えれなかったことが残念で仕方ない気持ちでいっぱいになります。

そこで思い出す言葉が、イチロー選手が日米通算で4千本安打を達成した際の記者会見で言った言葉です。
「4000本のヒットを打つために、8000回以上の悔しい思いを僕はしてきている。その中で、常に自分なりに向き合ってきたという事実がある。誇れるとしたらそこではないかと思う。」
という言葉です。

この言葉を胸に、これからも自分が少しでもより良い診療ができるように、前を向いて自分なりに向き合い続けていきたいと思います。

 

 

 

 

2020年10月1日木曜日

最近の僕の患者さんを診療する上で大事な座標軸

 多くの病気を診療していく上で必要なことの一つとして 「生物学的」ー「心理学的」ー「社会的」な観点がよくあげられます。
僕の専門としている精神疾患は特に、この観点でみていく必要があります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に伴い日本だけでなく、世界中の社会的・経済的影響と今後の変化もまた、多くの人のストレスや病気の要因の一つになるのではないでしょうか。
コロナ渦で「自粛警察」というワードもメディアで頻繁に報じられていましたが、同調圧力というものがより顕在化されました。

ただ、そんな日本でも少しづつではありますが多様性を認める社会にもなりつつあると感じています。

精神科領域においても、今ほど心療内科のクリニックが市中になかった時代に比べると、良くも悪くも様々な精神疾患が身近なものになり、精神疾患であると診断されたとしても、社会の理解も以前よりは深まってきているように思います。

しかしその反面、症状が軽度な場合、明らかな症状として浮かび上がりにくくなり、診断されることがなく、本人は気づかないまま、色々な不適応体験をされてからクリニックに来られる患者さんがよくおられます。
診察室での説明で、診断されにくいタイプの精神疾患の特性であることに気づくことができ、本人自身も「どうりで生きにくかったわけだ」と自己理解し、納得されるということもよくあります。
まだまだ精神科の領域は、こうした軽症の患者さんを見極める知識や経験に、なかなか追いついていないんだと思います。

僕は、「ASD」「ADHD」「HSP」という3つの座標軸で患者さんを診ておく視点の重要性を最近は感じています。
多くの軽度発達障害の方や、HSPなどの過敏さが高い人のしんどさに気づけるようになっていかないといけないなと思っている今日この頃です。

2020年9月24日木曜日

相補の関係について

今回は、夫婦関係をはじめとするパートナーとの関係性において、類似性や相補性、そして相称性についてふれてみたいと思います。

まず対人関係で知らないもの同士が仲良くなっていく際に、出会いの当初では類似性が大きく関与します。
ここで関与する類似性とは、趣味とか、笑うツボが一緒だったり、同郷だったり、境遇が似ていたりすると、それをネタに話を弾ませることができます。
また類似性があると、相手への親近感・信頼感も増します。

次第に付き合いが深まるにしたがって、共同で何かを行うことも増えてくるので相補性が必要になってきます。
例えば、『僕はこれをするので、君はあれをやって~』と役割分担していくといったことです。
特に、結婚となると外見や類似性だけでは長続きせず、相補性が重要になっていくケースが多分にあるのではないでしょうか。
なぜならば、それぞれの足りない部分を補い合うことで、一つの共同生活を効率よくスムーズに進めて行きやすくなる傾向にある為です。

ただ、そういった相補のコミュニケーションをとる関係から徐々に相称のコミュニケーションも増えていくことがあります。
関西人ですので馴染みのある漫才で例えると、ボケとツッコミというお互いの役割でバランスが保てていた状態から、ツッコミとツッコミのコンビのような状態になり、お互いが自分の主張をし合うなどのコミュニケーションが増えるわけです。
二者関係がこういった状態になると、相補関係から相称関係が増えていき、ぎくしゃくしてくるということが起こりえます。
夫婦関係において、こういったお互いが主張をし合う相称関係の状態が続き、その延長線上での口論になることで、いわゆる「あ~いえば、こういう状態」の激しい夫婦喧嘩になることがあります。

より身近な関係性であるが故に、知らず知らずのうちに、お互いが補っている状態であることを失念してしまうということは否めません。
どちらかが相称になっていると感じたり、身動きがとれにくくなっていると感じたら、相補のコミュニケーションを意識してみてはいかがでしょうか。
お互いで、この相称と相補のコミュニケーションを繰り返しつつ、お互いの関係性を維持していくことが大事なのではないでしょうか。





2020年9月17日木曜日

発達障がいの子供の発達で大切なこと

 当院では、日々、2歳頃~大人に至る幅広い年代の発達障がいの患者さんを診察しています。
院長である僕自身、人生のロングスパンの成長や発達を、診療を通じて日々勉強させていただいています。

診療の中で感じていることとして、人の人生を動かすのは『問題解決』ではなく、本人の持つ『強み』だということです。
その『強み』とは『得意』+『興味』で出来ています。
『得意』は、親や周囲の人から「すごいね~」と褒められて出来ていき、『興味』は、親や周囲の人から「好きなことをしていいよ~」で出来ていきます。
そして、その『得意』と『興味』が相互に作用しあって『強み』となり、その子の人生を動かしていくということが、大事なことだと思います。

親が子どもを育てて『強み』を持てれるようにしていく関わりで大切なことは、究極的には「好きなことしていいよ~」と本人を尊重して応援してあげることと、本人が頑張って取り組んでいることを認めてあげることなんだと思います。

発達障がいの子供の成長の仕方としては、凸凹のままで成長、発達していくからこそ、出来るところを伸ばしていくことが大事だということです。
長所を伸ばしていくことで、大人になってそこが強みになり社会で誰かの役に立っていく。
短所とか苦手な部分は、誰かにサポートしてもらって助けてもらうということが大切なんだと思います。

例えば、発達凸凹な僕自身、クリニックに関わることにしても色々な方々にサポートしてもらって何とかできています。
家に帰ったら、妻や家族に色々支えてもらって何とか生活できています。
そうした支えを僕は受けて、日々の診療で患者さんの役に少しでも立てたらと思っています。
僕自身も出来ないことは、ほどほどにして、誰かのサポートを受けながら出来ることを伸ばしていくように努力して「今の自分の人生を豊かにさせれていただいているなぁ~」と実感しているところなので、このことは共有しておきたいなと思いました。

 

 

 

 

2020年9月10日木曜日

人が幸せになる方法について

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
僕は軽く病み気味ですが、でもひそかに『幸せになりたい!』と日々願っています。

そんな僕なので『幸せになるためにはどうしたらいいかな?』と考えてみました。

・まず、自分自身を大切にする。
・その次に、自分の家族や自分にとって近しい人を大切にする。
・そのさらに辺縁の人を大切にする。


この循環が「幸福」に近づくのだろうと思います。

幸福のために必要なものの基盤に、もちろん心身の健康、お金、家とか車とか物質的な豊かさとかもありますが、でも極論 、やっぱり人は「人間関係で病み」「人間関係で幸福になれる」部分が大きい気がします。
その基点は必ず自分にあることを、常に意識しておきたいと思います。

他者は自分の心の鏡であることが多いことは、精神科医として実感しています。
仮に、こちらが相手を嫌うと、向こうは自分にとって嫌な人として自分に作用してくるし、逆に、自分の方が相手をゆるせたりしたら、相手も自分をゆるしてくれることが多いと感じています。

2017年に105歳で亡くなられた聖路加国際病院の日野原重明・名誉院長が、当時100歳を超えていながらも講演でずっと立ちながら熱弁していた話しを紹介させてください。
日野原先生は、人の人生で一番大事なことは「ゆるすこと」ですと訴えていて、当時100歳を超えてなお現役であった生き方上手の先生が言うんだから物凄く説得力がありました。

日野原先生は「人は自分をゆるし、他者をゆるすことが、何よりも大切なことであり、尊いことなんです!ゆるすことが世界から戦争をなくし、平和な世の中にするための唯一の手段なんです。そのことを、誰よりも知っているのが我々医療者であるはずです!」と続けて熱く語られました。

正直、僕はちょっとしたことで、すぐに人に対してイライラしてしまいます。
その度に、この言葉を思い出して自分から日々謝っているつもりです。
でも先日「いつも、絶体、謝らんな!自分!」と妻に指導を受けました。
いかに自分自身できていないか?を反省させられる日々です…(苦笑)