2020年5月28日木曜日

マインドが大切!

僕は、研修医時代に WAIS-III という知能検査を受けたことがあります。
知能検査とは、知能を測定するための心理検査で、検査結果の表示の仕方のうち代表的なものが知能指数『IQ』 です。
『IQ』という単語を聞くと、何となくご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこでの僕の『IQ』の結果は105でした。

最近、テレビのクイズ番組で、IQ165といった天才の人が出てきますよね。
この知能指数は標準得点で表され、中央値は100、標準偏差は15前後で定義されています。
100に近いほど出現率が高く、100を中心に上下に離れるに従って出現率が減っていきます。
分布はほぼ正規分布になり85~115の間に約68%の人が収まり、70~130の間に約95%の人が収まっています。
ちなみに、東大生の平均IQや、医師の平均IQが、110~120程度だと言われていますので、僕の当時の結果は、そうした医師の平均値からすると、下位の方になります。

そう言われてみると、確かに僕は、高校時代も大学時代も、ずっと落ちこぼれでした。
ただ、中学時代は、地元の公立の中学校で、試験の前日に集中して勉強するだけで、学年トップレベルの成績でした。
その時に、僕は「やればできる!」という予備校のポスターのようなマインドが確立されたような気がします。

その後、地元の公立進学校の高校に入学し、同じように試験の前日にだけ勉強したら、成績は学年で下位となり、以後、高校の3年間も落ちこぼれ状態が続きました。
でも、僕はそんな高校時代でも、内心は「俺は、やればできる!」というマインドは、生き続けていたように思います。
そのため、1浪して落ちて、2浪して落ちても、「次は受かる!」というマインドを維持して無事に3浪目で医学部に合格したのです。
その後の医大生時代も、やっぱり落ちこぼれの状態が続きました。
でも、僕は、その医大生の時でも「将来は、きっといい医者になれる!」というマインドを維持していました。

今も、そのマインドは維持しています。
「僕は、まだまだ精神科医として、やればできる!」そう思い続けて、日々の診療をしています。
確かに、能力、技量も含めて足りないことは日々痛感しています。
だけど、「自分は、やればできる!」というマインドは、今も心の中に居続けています。
能力とか技量とかも大事ですけど、この「マインドが大事!」なんですね。
少年よ、大志を抱け!的に。



2020年5月21日木曜日

学校に『行けない』ではなく『行かない』と決断できた君に

今回のブログのタイトルだけを見れば、何となく違和感を感じられた方もおられるかもしれませんね。
文科省調査によると、全児童生徒数に占める不登校の児童生徒数の割合は、この20年間で1.5倍の増加傾向にあり、子どもの数が減少するなかで不登校が増え続けています。
少し前では不登校の10歳の小学生Youtuberがワイドショーや情報番組で取り上げられ賛否両論がありました。

児童精神科医である僕のクリニックの外来でも、もちろん児童期の方が多く、その患者さんの中でも主訴(患者さんの訴えの中で最も主要な病症)が不登校ということが多いです。
そういった患者さんの診察場面において、通院当初は『学校に行けない!』など『~できない』と本人や親御さんが訴えたりされることが、しばしばあります。
その後、通院加療の経過の中で、次第に本人にも変化があらわれ、同時に親御さんの方にも不登校に対する理解が進んでいく中で「本人自身は、学校に行けないのではなく、学校に行かないという選択をしたんだ」というふうに徐々に変容していくことがあり、「学校に行けない」ではなく「学校に行かない」と、本人自身の「主体性の回復」を診察場面で感じることがあります。

「学校に行かない」と自分で決断できた子は、いずれ学校や社会に行くことができるようになりますから、これが不登校の治療過程で一番大事なことだと感じています。

不登校だけれども、不登校により自立が芽生え、成長していっているお子さんの診察を通して、むしろ、僕の方が逆に励まされることも結構あります。
その子の成長を感じ、通院を卒業していただいたときは、児童精神科医という職業をしていて本当に良かったな、と素直に嬉しく思います。
時には、最後の診察の際に、冗談まじりの会話を交わし、診察室でお別れして、その後、僕は診察室で余韻に浸る間もなく、また次の患者さんの診察に入っていくわけですけど。

でも、子供の成長や自立していかれる姿を見ると、僕の胸中は少し暖かな気持ちを抱くことができるのです。
「こちらの方こそ、ありがとうございました!」そう心の中で思っています。



2020年5月14日木曜日

子どもの反抗期は、親は動揺期!

新型コロナウイルスの影響により社会の重い雰囲気が続く中、休校の延長により子供たちにとっては、毎日時間と体力を持て余す日々が続いています。
家族で一緒に過ごす時間が極端に長くなりすぎて、子どもたちとギクシャクしてしまっているという方もいらっしゃるのではないでしょうか?
特に思春期の子どもには、良くも悪くも日常生活の一部となっているスマートデバイスがコミュニケーションツールには欠かせないものとなっています。
SNSで友達と交流することなど、親とは距離を置ける場所を探してあげることも、こういった状況では一つではないでしょうか。

今回のブログも前回から引き続き思春期年代の子どもたちをテーマにした内容となっています。

思春期年代の子供が、不登校になったり、摂食障害になったりと、そういったことにどう対応したら良いのか?が、わからない事態となり親御さんが受診されることがあります。
子どもは、児童期から反抗期になる頃には自立の芽生えとして「~しない」「すぐに諦める」「親を責める」など、ネガティブな意思表示で親を困らせる言動から始まることが多いように思います。

ここで、親御さんの対応でポイントなのは、こうした子供らのネガティブで親を困らせる行動こそが、自立の芽生えであるということに気づけるかどうかにあります。
反抗期という時期に、これまでは色々と親が主導したりしてきた子供の立場からすると「支配」に対して、子供は「抵抗」し、最終的に親から主導権を勝ち取り自立していきます。

親御さんが、こういった過程を理解していたら、子供の困った行動に対して「動揺」していくことが大事になります。
親が動揺しながらも、時には親が子を「支配」しようとして怒ったり、はたまた、子供の激しい「抵抗」にあい親自身がうろたえたりしながら、徐々に親が子どもに対して後退していき、子供が自立していきます。
親御さんの「動揺」も含め、この親と子の両者の過渡期が、子どもにとっては「反抗期」となります。

だから、その時期は、親にとっては「動揺期」ですね。
ただひたすら、その親の「動揺」を応援する、これが、僕の仕事ということになりますかね。。。



2020年5月7日木曜日

思春期の頃の自立の芽生えは、否定的なものから出てくることが多い!

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令され外出自粛要請が続くなか、異例のゴールデンウイークをむかえましたが、みなさんはどうお過ごしでしょうか。
「せっかくのゴールデンウィークなのに、家族でどこかへ行きたい!」と思っている方もいるでしょうし、意外と思春期の子どもたちの場合は「今年は家族と出かけなくて済んで助かった!」と思っていたりするかもしれません。
思春期をむかえた子が、そんな風に思うのは決してわるいことではありません。
多くの人が、親と一緒にいるところを友達にみられたら恥ずかしいと思った時期を経験したのではないでしょうか。

診療していて、最近とくに感じるのは「親御さんの感じている自立」と「僕の感じている自立」のギャップです。
ちなみに「自立」という単語を辞書で調べてみると、
・他への従属から離れて独り立ちすること。
・他からの支配や助力を受けずに、存在すること。
といった意味合いになります。

親御さんにとってのお子さんの自立とは、自分で身の回りのことができたり、親に言われるまでもなく勉強とか社会活動を本人なりにやれているという状態をイメージしていることが多いように感じます。
でも、治療者としての僕の視点では、例えば「学校に行かない!」と言い出すとか、親がちょっと注意しただけで激高するなど、 思春期の頃の自立の芽生えは、一見ネガティブなものであることが多いのです。

皆さんは、尾崎 豊さんという歌手をご存知でしょうか?僕らの世代では知らない人はいないのではないでしょうか。
夢や愛、生きる意味をストレートに表現した赤裸々な歌詞など、社会や学校の中で感じる葛藤や心の叫びを表現した楽曲の数々が1980年代から1990年代初頭にかけての若者を中心に多くの人から共感を呼びました。
1992年に26歳という若さで亡くなられたのですが、その作品と活動、精神性は、日本の音楽シーンに多大なる影響を与え、作品にほとばしるメッセージは25年以上経過した現在でも多くのファンやミュージシャンに支持されています。

尾崎 豊さんは、1983年12月にシングル『15の夜』とアルバム『十七歳の地図』で高校在学中にデビューされたのですが、その『15の夜』という曲に
-----
盗んだバイクで走りだす 行き先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
誰にも縛られたくないと 逃げ込んだこの夜に
自由になれた気がした 15の夜
-----
という一節があります。
曲全体は知らずとも、このサビの部分は知っているという方も多いと思います。
この曲を評論するつもりなど毛頭ありませんし、この詩を文字通りにだけ読むと、賛否両論があるのかもしれませんが、フィクションや表現の仕方として楽しんだ場合、このような世界観が非常に自立の芽生えである反抗期をうまく表現できていると感じます。

個人的な解釈では、 この「自由になれた気がした」という表現は、実際は親の支配や社会的な支配という部分から、自由にはなれていないことは自分なりに自覚はしているんだけど、少し自分なりに親や社会という支配から自分らしく生きていこう!という戦う姿勢は示せた、というところでしょうか。

以前のブログの中でも何度か触れていますが、僕は、高校3年生の2学期の進路相談で、初めて医者になりたい、医学部に行きたいと担任の先生に伝えました。
すぐさま、担任の先生からは「作田君のこれまでの成績では、到底無理です」と言われ、なおかつ「内申書の成績も悪すぎる」と指摘されました。
僕は焦ってしまい、内申点を少しでも稼ごうと定期テストでカンニングという姑息な手段を使ってしまいましたが、すぐにみつかり、その定期テストは全教科0点になり、停学処分を受けました。
もちろんカンニングはダメな事ですし、今思えば、みつかって良かったなと思います。
しかし、それは僕にとっては、自立の芽生えだったのです。

その後、3年浪人して医学部に入学しました。
このような出来事は今でこそ、改めて振り返るとそうだったな、と思えることです。

親御さん自身の自立の芽生えは、どんなものでしたか?
親になると、自分の自立の芽生えなんか、すっかり忘れてしまっていたり、思い出したくない記憶として片隅に追いやりがちですよね。
子どもが「言うことを聞かないな」「思うようにいかないな」と、親御さんが思っている時は、結構、子どもの自立の芽生えかもしれませんよ。
親としては戸惑いつつも、それは正常な発達として、心のどこかで嬉しいと喜べるといいな、と思います。
でも真っ最中にいると、なかなかそうは思えないもんですけどね。。。