2019年1月31日木曜日

父のことをパパと、母のことは普通にお母さんと呼んできた理由

正月(元旦)に更新したブログの内容で、当ブログの読者から素朴な質問を受けたので、質問に対する回答を含め前回のブログを書いた経緯と心境を、少し照れくさいですがご紹介したいと思います。
<2019年1月1日火曜日 ブログ ・謹賀新年>

まず前回ブログの内容で、どのような質問を受けたのかというと、僕は27歳頃まで父親を「パパ」と呼び、母親のことは「お母さん」と呼んでおり、それはどうしてか?「ママ」ではなかったの?というような質問でした。
同様に疑問に思われた方も、もしかするといらっしゃったかもしれませんね?(笑)

この疑問からご回答させていただきますと、僕自身も後に母親から教えてもらい知ったのですが、僕の父親が生れたばかりの赤ちゃんである僕に先に呼んで欲しかったから「パパ」と言わせたそうです。
母は、その父の想いを尊重していたからか、「お母さん」になったようです。
両親は福井県の田舎の人間なので、もともと「パパ」とか「ママ」ではなく「お父さん」「お母さん」と呼ぶはずだったと思いますが、父のADHD特性が故に「自分が自分が~」になった部分で「パパ」と「お母さん」となりました。
質問に対しては、このような当時の僕に対する父の想いや、その父の想いを母が尊重した等の経緯があったことが回答となります。
僕が親になってからは、「じ~ちゃん」「ば~ちゃん」になったので、呼び方も年代にあってきたから良かったですが、今でも咄嗟に「パパ!」と呼ぶと、自分でも変な感じがします。(笑)

ちなみに、前回のブログと今回のブログは、自分が両親に対してこれまでしてきたこと、特にいろいろと迷惑をかけてきたことを思い出しながら書いていました。
両親のことを思いつつ過去を振り返りながら、ブログの内容を考えていると自然と目に涙が溢れ出してしまいました。
またそれと同時に、当時自分が両親にしてきたことを親も戸惑いながら受けとめつつ、関わってくれたことを思い出します。
そういうことが今の自分の診察の根源になっています。
うまく文章で表現出来ていないかもしれませんが、「平坦ではなく、挫折して良かった!」「病気して良かった!」「生きてて良かった!」「ありがとう!」みたいな感じです。

僕の診察は、親が子どもをみる「慈しむ」「愛でる」という想いで、患者さんと関わりたいという想いが根源にあります。
だからこそ、1月1日の新年の挨拶では「両親への感謝を大事にしたい!」と思い、正月の挨拶でのブログの内容にしました。

親が子どもを育てる想いが、医者が患者を診察する想いとつながる気がしています。
だからこそ、父親のごつごつの手、母の温もりを思い出してそれに感謝して、自分の誕生と新年を祝い迎えることを大事にし、その気持ちを大切にこの1年も診療をしていきたいと思います。
まだ1月ですので、改めて本年もよろしくお願いします。


2019年1月1日火曜日

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

おかげさまで、当院に通院に来て頂いている患者さん、当院で働いてくれている受付、心理士スタッフ、当院を後方でサポートしてくれている皆様方のおかげで、さくメンタルクリニックの2回目の正月を迎えることができました。

この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

私事ですが、40年前の1月1日の午前6時過ぎ、元旦に僕は予定日より早めに出生しました。
紆余曲折ありましたが、おかげさまで、子どもの頃からの夢であった、治療的な医療を実践するという行程に、まだ全然道半ばですが、今、入れていることがとてもありがたいと思っています。

指圧で指紋がなくなるまで、夜遅くまで働いて僕を医者にしてくれた「パパ」(社会的におやじ、おとんと呼び、現在はじ~ちゃんと呼んでいますが、27歳頃まで僕はパパと呼んでいました。)
ありがとう!
作田整骨院の息子であることを、僕は誇りに思っています。

人一倍以上の愛情を持って育ててくれたお母さん(現在はば~ちゃんと呼んでますが)140㎝台の小柄な体なのに一杯ご飯を食べさせてくれて、180㎝を超える僕を作ってくれてありがとうございます。

両親をはじめとして家族、また、自分の人生を通して繋がってきた出会いや現在のご縁を大事にして、必ず良い医療を実践する!という想いを胸に、日々を大事にしていきたいと思います。
40歳になった “作田院長” と、生後1歳の “さくメンタルクリニック” を、本年も何卒よろしくお願い致します。