2021年5月26日水曜日

人の『好き』『嫌い』と感じる成り立ちについて

 満員電車で、カッコいい、いわゆるイケメン男性が女性にぶつかっても、露骨に嫌な顔をされたり痴漢と疑われたりすることは、あまりないですよね。

一方、見た目が良くない冴えないオッサンが同様に満員電車で女性にぶつかると、痴漢だと疑われる確率はおそらくぐんと上がりますよね。


そのメカニズムは、イケメン男性(相手からしたら感じのいい人)を、女性は『快』の信号を脳で感知し ⇒ 安心 ⇒ 善意 と感じられるのかもしれません。

反対に、見た目が良くない冴えないオッサンは、不快と感じ ⇒ 恐れ ⇒ 嫌悪感 を感じるのだと思います。


これは意識で生じてくるものではなく本能的なものなので、双方にとってもどうしようもないところでもあります。

だからこそ「人は見た目や所作が大事になってくるな~」と思うけど、なかなかそこに僕自身が意識がいかなくなってきています。。。

だから「それがおっさんなんです~」すみません!

2021年5月19日水曜日

対人関係で大切なキーワードがアスペルガー症候群

 僕は精神科医、児童精神科医として日々診療していて、精神疾患の多くが対人の相互作用での悪循環による影響が非常に大きいということを感じています。

その際に、患者さん自身の基盤にある知的な能力、アスペルガー症候群の特性が、対人面において大きな影響を及ぼしているということを実感しています。


知的な能力が低いと問題に対して分析する力が低くなったり、偏った視点で判断してしまいやすくなります。

次に、対人面で大きな影響を与えているのが、アスペルガー症候群という特性です。

つまり、相手の立場になって心情を想像することが苦手なため、どうしてもコミュニケーションが一方的になることが多く、自分の内的な感情や抽象的な理解や表出が苦手で、いわゆる社会的には「KY(空気を読めない人)」となってしまいます。

また、アスペルガー症候群の特性があると、受け入れ幅は狭く、こだわりが強く、相手が自分の思ったようにしないと一方的に責めてしまいがちです。

その反面、他者の心を読み取る力が乏しく、責められることに対しては苦手なため、相手が自分のことを責めてくると、受け入れ難く、相手に対して心を閉ざしてしまいます。


このようにコミュニケーションの相互性の困難さやこだわりの強さ、臨機応変な対応ができにくいことで柔軟で円滑な対人交流になりにくく、対人面での悪循環が生じやすいのです。

その結果、トラウマなどに発展したり不適応状態となりやすく、夫婦関係、親子関係、友人関係、仕事関係などあらゆる対人面での関係性で破綻が生じやすいのです。

そうした破綻している状態で精神科などの医療機関を受診し、状態像だけの診断名として、うつ病、躁うつ病、不安障害、アルコール依存症、強迫性障害、統合失調症、社会不安障害など様々な診断名がつくということになることが結構多いと思います。


上記で実感として述べているいるように、その根底としての基盤にアスペルガー症候群という特性がある人がかなり多いということが僕なりの視点となります。

そうした視点を念頭におくと、アスペルガー症候群の特性に本人も、その周囲の人も合わせて生活していく支援が大事になってくるということと同時に、僕の役割としてはアスペルガー症候群の特性を診断していき『変えられること』『変えられないこと』を見極め、患者さんやそのご家族と共有していき、少しでも患者さんが生きやすい方法を一緒に考えていくことが大事な治療になります。

その大切さと責任を日々感じながら、診療をしているところです。

2021年5月12日水曜日

GWは、両親と会ってきました~

緊急事態宣言に伴い外出や移動の自粛が求められるなか、コロナ禍で迎える2度目のゴールデンウィークでしたが、僕は大阪府民であり医療従事者でもあるため、ゴールデンウィークをどう過ごすか?がテーマでした。

唯一のイベントとしては、大阪府内の実家に帰省し両親と昼食を一緒に食べました。
父は、77歳の現在も自宅の和室を改装して、一線は引きながらも作田整骨院(ちなみに、開院して50年!になります。)をしています。
父は仕事をずっと真面目にしてきた人なので、息子の僕としては仕事をやめることの方が心配です。
幸い父はまだ働ける状態なので、80歳までは一先ずこのまま仕事を続けて欲しいと、僕としては勝手に思っています。

その食事の時に、母は
「子ども達も、全員、立派に育ってくれて、また家族で仲良くこうして食事をしたりして、明日は、僕の兄と両親で一緒に買い物に行ったりする予定だったりで家族仲がよくて嬉しい。
人生いろいろあったけど、終わりに差し掛かり考えてみると、あっという間だった。でも、終わりよければ、全て良しやわ~。
子ども達も、自慢の子ども達で、みんな、しっかり育って生きてくれて、お母さんもお父さんも嬉しいです。」

と話していました。

僕も年老いて両親のように人生を振り返った時に、後悔のないように今与えられた役割を果たして、最終的に母が現在感じているような心境に至りたいなと思いました。

そのためにも、今やれることをちゃんと取り組んでいきたい。
そういう想いになったのが、僕のGWでした。

2021年5月5日水曜日

恋は好きじゃないとできないけど、愛は嫌いになってもできる!

 毎年、春の新生活がスタートする時期になると、町では新たな出会いなどからか、素敵な恋をされている感じのカップルをチラホラ見かけたりします。

僕は精神科医なので「恋とは急性で一過性の恋の病だ~」と『急性一過性精神病性障害?』みたいな気もしています。(おっさんの冷やかし的な意味合いとしてご理解ください。)


そもそも、好きという感情は半年も経過してくると減退していき、いずれは「愛情」という情に変わったり、逆に「愛憎」というように憎しみに変わったりして別れたりもするわけですよね。

ちなみに、愛することと憎むことは表裏一体で、感情的にはとても近接しているものだと思います。

恋は好きじゃないとできないけど、人は相手を嫌いになってからも、その人を愛せるということです。

相手に対しての憎しみや嫌悪感を自分の心の中で一定期間抱えながら相手と共に付き合っていくと、それもまた愛情だと感じられることがあります。


人は嫌いになってからも、愛せますよ。

結婚している方なら何回も喧嘩して仲直りして、それが年輪となって皺となり年老いても夫婦一緒に生きていく。

これが面白い!

僕は、そう思っています。