僕の人生の最大の挫折は、3年間浪人しましたので、大学受験そのものです。
でも、その味わった挫折があったから、精神科医になったんだと思います。それに今となっては3浪の経験は、僕にとっての財産になっています。だから、毎年、3浪仲間に、お歳暮送ってます。そして、今でも日々挫折です。そして日々成功です。診療で、「うまくいった~」と思ったら、次の瞬間には、うまくいかない。患者さんに治療的な関わりが出来なかったと自分の力不足に「悔しい~!」と思ったら、上手くいったりのくり返し。
それはいいとして。現代の日本って、「失敗」とか「異常」に対して、非常にヒステリックですよね。社会は、「潔白であれ」「成人君主であれ」みたいな。普通の定義が狭く、脅迫化しているような感じがします。そして、正常とか、決まりから外れたら、完膚なきまでに糾弾する感じ。僕の仕事でいうと、どっかで失敗した部分があれば、「精神科医の前に一人の人間として失格だ~」、「医者をやめた方がいい~」、「今すぐやめろ~」とかでしょうかね?ネット社会とか、顔も見えない人からの非難って怖いですよね。その糾弾している人は、多分、「人間的にどうよ、という人の方じゃないの?」とかって思う自分も面倒くさいし。そういう反発している自分も好きじゃないです。
有名人とか、人前に立つ人は大変だな~と思います。コンプライアンス過剰重視で、常に成人君主で、他者をおもいやる気持ちを忘れない。
そんな大谷選手を標準設定にした社会でいいのかな?
そうしたモラル重視社会って、多くの人が、返って生きにくくなるんじゃないのかな?
と思います。そうしたギスギスの延長が、戦争になっちゃう気がします。社会としては、『こうすべきじゃなくて、それもいいし、これもいいし、まあだいたいでいきましょう~。』じゃダメなんでしょうかね?
こういう心情になったら、反町隆史さんのポイズンを聞くしかない。『言いたいことも言えない、こんな世の中じゃ、ポイズン。俺は俺を騙すことなく生きていく。』そう、反町隆史さんのように宣言したい気持ちです。