2019年4月18日木曜日

勉強して働く、働いたら、また勉強する、その繰り返し

僕は、普段、少しでも余裕ができたら勉強しています。

その勉強した内容で診療がうまくいったら、患者さんと治療的に関わることができたら、とても嬉しい気持ちになります。

そして、それによって当院スタッフとのやりとりや、スタッフ同士のやりとり、つまりはクリニック全体の流れや雰囲気などが不思議と良くなっているような気がしています。
そして、また勉強します。

勉強して働く、働いたら、また勉強する。
その繰り返しが、僕の精神科医としての人生そのものなんだと思います。

5月病にならない程度に楽しみながら、前へ進んでいきたいと思います。



2019年4月11日木曜日

診断名や病名よりも見立ての方がもっと大事!

僕は再診の患者さんの診察をする前には、当然なことですが、その患者さんの診断名や病名、見立てなどを頭に入れてから診療しています。
診察室で患者さんから「私の病名は何ですか?」とか聞かれることがあるのですが、咄嗟にそれが言えないことがあります。
僕の中では、診断名や病名というよりも、その人そのものと思って話をしているからです。

話は変わりますが、モンゴル人力士で元横綱の朝青龍が、現役時代に本場所での優勝後、腰、ひじなどの体調不良を理由に巡業を休み、モンゴルへ帰国しているにもかかわらず、 モンゴルで元気そうにサッカーをする様子がメディアで放送されたために非難が集中し、日本へすぐに呼び戻され、処分を受けることになり、この処分が決定された頃から、精神的な不調を呈していたのが、当時、テレビなどで取り沙汰されていました。
その様子に、テレビ番組に出演していた多くの精神科医が、それぞれの番組で朝青龍に対して、うつ病、適応障害とか解離性障害、PTSDなどなど、10人の精神科医がいたら10人とも診断が異なるなどがありました。
それだけ精神科領域の診断名というのは、その精神科医の診方によって、かなり異なるということです。

しかし、当時テレビ番組に出演していた多くの精神科医の先生らの朝青龍の治療における見立ては、あれだけ元々心身ともに屈強な人だから、まずはマスコミなどの接触をさけたり、情報を制限して本人が安心できる場所で、ゆっくり休息していければ自然と回復していくはずでしょう、といったもので、 そのほとんどの精神科医の見立ては、ほぼ共通していました。

これは一つの具体例としてあげさせていただきましたが、僕自身としても精神科領域で重要視しているのは、診断よりも見立て、見立てを意識して支援していくことです。
ただし、その見立てのためにも診断をきっちりするべき時は、診断をきっちりつけに行くことは言うまでもありません。



2019年4月4日木曜日

あの一言(ひとこと)があったから頑張れたという言葉

誰にだって過去の「あの 一言(ひとこと) があったから頑張れた」という言葉や経験はきっと存在すると思います。

僕の場合はといいますと、大阪の公立高校出身で高3の頃の成績は学年で最下位のレベルでした。
にもかかわらず、担任の先生と親との進路懇談の際に、僕は担任の先生に医学部に行きたいことを初めて相談しました。
もちろんのことながら、担任の先生からは即答で「無理です」と言われ、医学部への進学がいかに難関であるのかということが伝えられました。
その懇談は非常に空気が重くなる感じで進んでいき、その終盤に重苦しくなった空気を断ち切るように、担任の先生から「作田くんは人一倍生命力があるから、どこでも、どうなっても生きていける気がするわ~」と、僕の良いところを絞り出すように褒め言葉をかけてくださり面談が終了しました。

僕はその後、3年間の浪人生活を経て医学部に何とか入学できました。
苦しい浪人生活で何度か諦めそうな時もありましたが、その言葉がどこかで支えになっていました。
その後も、現在に至るまで「どんな状況でも、僕は生きていける!」 この言葉が自分を支えてくれたことは想像に難くないと思います。

人に褒められた言葉は、長期に渡って支えになるものですね。
たった一言(ひとこと)ですが、振り返ると改めて本当にそう思えます。
今も時々その言葉が自分の中で蘇り「大丈夫、どうなっても生きていける!」と自然と前を向いて、また頑張ろうと思えます。

「たとえ、どうなろうとも生きていける気がする!」



2019年3月28日木曜日

僕のリフレッシュ方法は、プチ贅沢、プチ銭湯です!

僕は、人一倍食いしん坊です。
また、温泉や銭湯が大好きで、特に開業してからはさらに大好きになりました。

みなさんも仕事や日々の生活の中であるかもしれませんが、僕の場合は1日診察をしていると、頭の中がやけどしたような、
何か心が苦し~くなることも日常で良くあります。

だけど、美味しいものを食べた瞬間は、そうしたことの「
思考過剰循環状態」から抜け出せることができます。「美味しい!」と思うことで、思考過剰状態から脱して、美味しいの感覚により『今』に戻ってこれる。
また同様に、いい湯に浸かると自然と「あ~、きく~」
みたいな声が漏れます。
やはり、その瞬間にこれまでの思考過剰状態から脱して、
あったか~い湯を通じて身体感覚から『今』に戻ってこられる。
そして「また明日も頑張っていこう」とリフレッシュし、
なるべく早めに寝る。

僕は、しんどくなりそうになったら、プチ贅沢、プチ銭湯です。



2019年3月21日木曜日

治療は子育てと同じで、技術よりも愛情!

10年近く児童精神科の診療をしていますが「子育て」は、 僕の診療の中でとても大事なテーマです。

以前、実家に帰った際に研修や勉強して学んできた「子育て」についての話を、母にレクチャーすると、
「そんな難しいことはよくわからないけど、やっぱり子育ては愛情やと思うわ~。」
と、僕の学んできた「子育て」の技術的なことについての話は、全てこの言葉でオチをつけられてしまいました。

若かった当時の僕は、その言葉に釈然としませんでした。
もちろん「愛情」も大事だということはわかっていましたが、やはり如何に大事なのは「どのように関わるか」ということに関心が強かったからです。

でも、最近は母の言ってた言葉が自分の中で許容できてきました。
結局は、「子育て」も「診療」もそうですけど、「愛情」を持ち、相手の幸せを願いながら「利他の精神」で少しでも関わろうとしたら、目先の対応も少しずつ良くなっていくはずだと思います。
だからこそ僕自身、少しでも「利己 < 利他」で、何とかやっていけたらと思います。



2019年3月14日木曜日

僕は患者さんを治療しているのではなく、自分を治療しているにすぎないと感じる日々です

今回のブログのタイトルについては、ふだん僕が診療中に感じていることです。

診察を通して患者さんが抱いている不安感や戸惑いなどの感情を、僕自身も同様に抱くことがあります。
また、患者さんは問題を抱えて相談に来られるわけですが、診察を通して僕自身も患者さんが抱えているその問題を聴いていく中で身動きがとりにくくなり、患者さん同様に一緒に腹を立てたり、怒りを覚えたりすることを自分の心の中で感じるときもあります。

良くも悪くも感情移入しすぎてしまうことがあり、その度に自分の心の中で自分と向き合います。
「冷静に」と、自分に言い聞かせて軌道修正し解決方法を探し出しますが、そういうケースでは治療が難航してしまったと感じることもあります。

その度に思うのです。
「僕は患者さんを通じて自分の心の弱さや無知と向き合って、自分自身を成長させていかないとな~」と、痛感します。
その都度反省を繰り返し、前を向いていくしかないと思う日々です。

「やはり、患者さんを治療しようとすることで自分の心と向き合わないといけない、そして向き合った自分の心を健康的な状態に保ち、その心を軸にして支援をしていければ、もう少し ましな診療ができるはず」
そう信じて、日々の診療で患者さんや自分の心とこれからも向き合っていきたいと思います。         

2019年3月7日木曜日

利己と利他のバランスって大事ですね

みなさん、この言葉をご存知でしょうか? 
天台宗の開祖である最澄(伝教大師)の教えの中に、「忘己利他(もうこりた)」という教えがあります。 
このブログを書くために「もうこりた」とパソコンで変換すると、「もう懲りた」と変換されるので(笑)、そんなに日常の中で使うことはないかもしれません。

忘己利他(もうこりた)とは、「人の嫌がること(行為)は、自分が引き受け、喜ばれること(行為)は他にまわす。この心がけを持って他人を思いやること」という意味だそうです。
以前、当ブログでも延暦寺でのエピソードをいくつかご紹介しましたが、「自分のことよりも、相手の幸福を願う菩薩のような慈悲心を持って自分に厳しくあることが大事だ」と、この教えについて延暦寺の僧侶から心がけを頂きました。

もちろん利他の精神が大事なのはわかってますが、どうしても利己的になっている自分がいます。
自分の心の中には、
・利己的な自分
・利他的な自分
がいますが、その分別や折り合いを自分でつけて日々の生活を送っていきたいと思います。

この心がけを頂いた時や、その後、このブログを書いている今、もしかするともっともっと以前から何となく思っていたことなのかもしれませんが、改めて結局こう思うんです。
人のことを大事にしようとすること、誰かのためにということを人生の目標にした方が後悔の少ない人生になる、ということを。
でも、自分の欲を満たしてあげることも大事ですし、だからこそ、人を大事にしたいと思える。
だから順番は利己から利他に向かっていく。
目指すのは利他ですよね、ということです。

僕にとっての利他とは、このクリニックが少しでも治療的な基地になることです。
さあ、これからも頑張るぞ~。