2026年6月24日水曜日

天皇陛下のお言葉

  223日に、66歳の誕生日を迎えられた天皇陛下は記者会見において、「親しい方が亡くなられたり、生活環境が一変してしまったりした方々のことを思うと、震災の傷はいまだ癒えていないと感じます。災害による影響は人それぞれに異なり、10年、15年という年月の経過だけでは測れない重みを伴うものだと思います。これからも雅子と共に、被災地に心を寄せていきたいと思っています。」と述べられ、3月、4月にかけて岩手、宮城、福島を訪問されました。

 心の問題の回復には、個人差が大きいこと、人によっては、長期的な経過があり、その支援も、それに寄り添ったものが必要であることを、国民全体で共有できた意義は大きいと考えています。この「重み」に対して、社会全体で取り組んでいこうとする風潮が、社会の主流となれるように、我々も精進していく必要があるなと、陛下のお言葉を受けて感じています。

2026年6月17日水曜日

喪失体験、別離体験って大事だなと思うこともあります

 春は、別れと出会いの季節になりがちですね。頼りにしていた支援者とか先生が、いなくなって不安定になっている状況の患者さんにも診察場面ではお会いします。

 僕は、こうした不安定さは大事なことだと思っています。本人自身にとっては、頼りにしていた人が、いなくなったのだから大変です。でもそれをきっかけにして、新しい人と出会ったり、自分のできることの幅が広がるチャンスだったりもします。また、大事な人と別れてから、その人との思い出や経験の真価が問われる気もしています。その人との出会いがあったからこそ、前を向いて生きていけるのなら、それはとても素敵な出会いだったと言えます。

 人は、不思議なもので、別れてからの方が、その人との思い出が、より鮮やかになるような気がします。

2026年6月10日水曜日

自分が子どもの頃を忘れて、親の顔になってしまっている。

 子どもが、大学生になり、一人暮らしをしたいと言ってきました。親である僕は、そうしたかったら、アルバイトで、家賃の頭金を出すとか、家賃の一部を出すとかは、してや~、と条件を伝えました。

 でも、自分が大学生の頃を思い出すと、大阪から三重に転居し、一人暮らしを始めた際は、全額親に6年間家賃を払ってもらいました。その後、大学生の頃、車を親に買ってもらいました。大学の目の前にあるスバルの中古車に、僕は、ひとめぼれして、親に対して「早く買って~、じゃないと誰かに買われてしまう~」と親に強く訴えて、買ってもらいました。

 3浪して、大学1年生の21歳の当時の僕の話です。その後、僕は大学を卒業して、医師になり、親になり、自分の子どもが、幼いな~、甘えているな~と感じています。でも、僕も大学生の頃は、甘かったし、幼かった。そもそも、現在も、僕は年齢に比して、幼いし甘えがちです。

 上の世代からみたら、下の世代は、そういう風に、みえやすいのです。娘に、上記のことを言った後に、自分自身に「お前は、どやねん。お前もよっぽど、甘かったし、幼かったんじゃないのか?よく、そんなこと、言えたもんやな~」と自己突っ込みした今日この頃です。

2026年6月3日水曜日

天動説→地動説のパラダイムシフトは大事

 発達障害を有していたり、不登校やひきこもり状態が長期化していると、自己中心性が高まりすぎて、自己が尊大化しているように感じることがあります。つまり、天動説のような考え方、自分を中心に、周囲の人が、それに合わせて動くのが当然だという発想です。そうなると、身近な人に対して、DV的になります。自分の思うように動かなかった親を怒鳴ったり、叩いたり。また、そうした自分は悪くない、相手が、ちゃんとそうしなかったから悪いんだ、叩かれても、相手は、文句は言えないだろうという考え方です。

 まるで、アメリカやロシアの大統領の政治のような感じ。ひきこもり状態が長期化すると、自己の内的世界が強くなり、身近な親や家族に対して、尊大な念慮や対応が強くなりすぎて、暴言や暴力が認める際は「かわいい子には、旅をさせろ」アプローチがいいように思うこともあります。

 本人の許容できる範囲での社会交流の模索をして、どうしても難しい場合は、精神科での入院も選択肢には、ありだと思います。

 地動説のような、自分自身が、自分の今、置かれている環境に、自分がどう合わせていくかというパラダイムシフトを生じさせるような練習ができる場所を提供することも、支援者として大事な視点だと思ってはいます。