2025年2月26日水曜日

胸を張って生きろ!己の不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと心を燃やせ!歯を食いしばって前を向け!君が足を止めて蹲(うずくま)っても、時間の流れは止まってくれない、共に寄り添って悲しんでくれない!」

 最近、アニメ「鬼滅の刃」や映画「きめつの刃、無現列車編」を見返してみました。主題の言葉は、鬼滅の刃の映画、無限列車編で、炎柱の煉獄さんが、壮絶な戦いの後に、主人公の炭治郎らに向けて発した言葉です。煉獄さんは炎柱だけあって、熱い言葉で周囲を鼓舞します。人は、それぞれに、自分の弱さや不甲斐なさを日々感じたりしながら、何とか生きている部分があると思うんです。観ている自分自身も、煉獄さんに鼓舞されたような気分になりました。映画の内容は、漫画でも前もって知っていても、映画で1回観ていても、もう1回観て、彼らが一生懸命、どんなときも前を向いて懸命に戦い、生きて、守ろうと、助けようとしているその姿を見て、自分の心が熱くなるのを感じたい!そう思わされる映画でした。

2025年2月19日水曜日

大谷選手に感動しました!

 大谷選手は、左肩を負傷しているにも関わらず、ワールドシリーズの試合に出場して、塁に出たら、左肩をしっかり守りつつも、次の塁を全力で進もうとする。その姿に、心底、この選手は、野球小僧なんだなと思いました。また、その大谷選手をみて、漫画「スラムダンク」の桜木花道選手が、試合中に負傷して、選手生命の危機の状況にあるにも関わらず、今の試合に、自分ができる範囲で全精力を注ぎこむ姿と重なりました。ただ、こうした怪我を押して、それでも頑張ることを賞賛したいわけではないけども、それだけ懸けてもいいことを見いだせたことに、素直に、自分は感動しました。

 今の時代の日本社会には、閉塞感や先行きの不透明感が蔓延していて、若者の多くが、将来に目標や夢を持ちにくい状態になってしまっていることにも憂慮しています。自分自身が生きる上での勇気を、昨年は、大谷選手からしっかりもらいました。この感動や生きる喜びを大切にして、今年も、大谷選手を応援しながら日々を送りたいと思います。

2025年2月12日水曜日

何で、こんなブログを書いているのか?

  開業時から、僕は、毎週ブログを続けています。自分なりに、ブログを続けてきた動機を考えてみました。

 そもそも、僕が、精神科医になったのは、根底に「いつか人は死ぬ。人が生きる意味ってなんだろう?どうやって死を受け入れることができるんだろうか?」があります。人として、自分の生きている意味を追求したい、ということがあります。幼少の頃に、曾祖母の死体をみて、びっくりして、そこから「人は生きて死ぬ」その逃れることのできない摂理に対して漠然と恐怖や不安を抱いていました。それは今もそうです。これまで、一瞬、美味しいものを食べたり、贅沢したりで、瞬間的には、そうしたことを忘れる事や紛れることはあります。でも、時々、ふっと考えがよぎるんです。自分が死ぬこと、そして、残された寿命をどうやって生きるのか?人は、どうして生きるのか?死を自分は受け入れて、その寿命が尽きる日まで、生きられるのだろうか?と自問自答しています。そして、診療で、目の前の患者さんが少し楽になったように感じると、僕も少し楽になるのです。それは、自分の生きている意味が、一瞬ですけど、そこにみいだせるような気がします。

 ブログを続けている意味は、結局は、自分自身と話したいんだと思います。そして、皆さんとも話したいんだと思います。死ぬことは不安ですし、どうしたって寂しいことです。多分、死を受け入れることができないまま死ぬと思います。だからこそ、少しでも生きていることの意味を自分自身や皆さんとの対話の中で見出したいんだと思います。対話をこれからも続けていきたいと思います。

2025年2月5日水曜日

冬になると、死を意識します

  日本には、四季があり、春夏秋冬。僕は、秋から冬になると、センチメンタルになりがちで、心のどこかで、死を意識しているのだと思います。死という終わりを意識してしまうから、死ぬまでにしておきたいことを意識できるチャンスだと捉えて、死ぬまでにしておきたいリストを作成してみました。

1;精神科医として、良い治療者を目指し続けたい。今までは、診察室内でできることを意識し、自分で、できないことは、心理士や訪問看護スタッフや地域のフリースクールなどを含めて連携を大事にしてきました。追加としては、来院できない患者さんもおられるので、訪問診療を不定期でもいいので、検討してみたいと思っています。(あくまで不定期か少ない枠でなんですけど。)1人で、良い治療をするには限界ばっかりなので、できるだけ心理士や受付や事務長、訪問看護スタッフや地域の支援者との拡大したチームワークを大事にしていきたいです。

2;開業して8年が経過しており、これまでの外来を統計データにして、学会にて発表して、当院の活動を報告し、これまでの当院での活動をまとめて、今後の診療に活かしていきたいと思っています。

3;子どもの受験が一段落したら、落ちてきた体力を、少しでも向上させるため「チョコザップ」に入会したいと思います。また、山登りとか旅行もして、自宅と仕事以外の所から、人生を味わっていきたいとも思っています。

 精神科医という仕事を勤務医で9年、開業して8年を経て、自分の仕事の役割や生きがいを感じています。患者さんが来院してくれるから、僕は医者という役割を担える。有り難いことです。健康な限りは、続けていきたいと思える仕事に就けて、僕は幸せです。

2025年1月29日水曜日

初めての同窓会

  先日、大学を卒業して18年経過して初めて同窓会がありました。40人近く集まっていて、バリバリ働いている人から、パート的に働いている人まで様々でしたが、みんな医師として、人生を迷いながらも手探りで歩んできた様子を感じ取れて、自分自身も同じように生きてきたので、」「なんかみんな一緒やねんな~」とほっとした気持ちになりました。

 僕は大学卒業したのが27歳で、今は46歳なんですけど。それぞれ白髪や皺が出てきたり、ちょっと体重増加をお互いに感じますけど、同級生たちの印象は全然変わりませんでした。医大生の頃のように、このまま、このメンバーで病院の実習に行けるような気持ちになりました。懐かしくて、何かほっとしました。3浪して医大生となり、成績も振るわなくてコンプレックスたくさんの僕でしたが、皆、悪戦苦闘して、それでも借金を返さなあかんとか、仕事と家庭の両立が大変だとか、医局という制度の問題とか・・・。

 みんな、各々に、悩みや苦しみを抱えつつも、生きてくれている。僕だけじゃないんだと。それに、みんな、素直にそうしたことを表現している姿をみて、同級生らが、等身大で生きてくれているように感じられて、ホッ、としました。また数年後に、同窓会でお互いの生存確認をしたいなと思います。

2025年1月22日水曜日

身近な人間関係の悪循環の乗り越え方について

  当院は、対人関係への意識が高い系のクリニックなため、夫婦関係とか親子関係を意識して診療していると、治療当初は、そうした関係に対して、過剰適応的に苦笑いをうかべながら「別に何もないです。大丈夫です。」と話されたりされることがあります。しかし、治療が進んでいくと、これまでの身近な対人関係の中での苦しみを涙して話される。そこから、これまでの、夫に対しての、子どもに対しての怒り、不満を話される。従来のカウンセリングだと、そうした怒りや不満を十分に傾聴することで、改善していくといった考え方もありましたが、実際はそうではないように感じることの方が多いです。それは、本人が、そうした怒りやこれまでの不満を、そうした愛着対象者に対する思いを話していく中で、何が正しいとか、間違っているとかの方向にフォーカスしていくと、そうした怒りからの悪循環から抜け出しにくくなっていくのです。「正しいとか、間違っているといった方向ではなく、ギャグになっていくことが治療的なんです。」

 相手に対して、「あいつは、どうしようもないな~」「人として、終わっているな~」「でも、まあ、自分の親やし、しょうがないやっちゃな~」と苦笑いしつつも、どこかで受容している。そうする経過の中で、自分の中にある怒り、もっと言えば、その怒りの後ろにある寂しさとかも受容できるようになる。これが、身近な対人関係の目標になると思います。それに、親を非難したり、縁を切るというのは、回りまわって、自分を否定しているのと同じだから、心理的な自己免疫疾患みたいなもんです。自分を攻撃して、自分を弱らせるようなもんです。

 身近な対人関係を許せたり、または、自分自身を許せたりできるようになることは、「人生をかけて取り組む価値がある」と、日野原重明先生(「生き方上手」などの著者で、聖路加国際病院の名誉院長、現役の医師のまま105歳で逝去)が、100歳過ぎての講演会で、まさに仁王立ちしながら話していたことを僕は思い出します。

 チャップリンの名言で「人生は、ショートカットでみると悲劇だが、ロングカットでみると喜劇」という言葉を遺したのにも通じます。いつか、身近な愛着対象者である人に対して、そうやってギャグ的になれるようにサポートすることは、僕の人生をかけてやる価値のあることじゃないかと思って、頑張ります!

2025年1月15日水曜日

るろうに剣心で、師匠、比古清十郎が、剣心に伝えた言葉

  るろうに剣心という漫画で、主人公の剣心の師匠で、最強の剣の達人、比古清十郎が、「酒の肴は、秋は月見酒、冬は雪見酒・・・、そうした季節を感じながらでも、酒がうまいと感じれないのは、己の心が病んでいる証拠だ」と弟子の剣心に説きます。比古清十郎の達観し、俯瞰した視座がいいですね~。

 僕も、日々の生活で、ゆっくりとした時間を持ち、自然を感じて、生きていることを実感し、生きていることの恵みを享受し、生きていることそのものを受容する。そうした日々を、ちゃんと味わえているかを、考えるようになりました。比古清十郎(映画では、福山雅治さま~)ありがとうございます!