僕は高校時代ラグビー部でしたが、部活をそこまで熱心にしていませんでした。
だからなのか、最後の引退試合で流した涙は、結局、中途半端な自分に対してのやるせなさというか、自分が情けなくて流した悔し涙でした。
小学校時代はサッカーをしていて、その時の引退試合は、自分なりに一生懸命サッカーに打ち込んでいた自分もいたし、共に練習してきた仲間たちとの最後の試合ということで、みんなが一緒の気持ちで涙していたような気がします。
当院もいつか閉院するか、誰かにバトンタッチする日が当然きます。
その時に、一緒に頑張った仲間達と共有し合える関係性や、達成感を含め『一生懸命取り組んできたね~』と分かち合いたいと思います。
そこを目標に、いろんなことを真剣に取り組んでいきたいなと思います。
2021年7月28日水曜日
引退試合の涙!
2021年7月21日水曜日
人を診れる医者になりたい
日本をわかせた2019年のラグビーワールドカップでベスト8の立役者でもある、元ラグビー7人制日本代表選手、福岡堅樹選手が、ラグビー選手としては絶頂期にも関わらず現役を引退して今年4月から医大生となりました。
『どんな医師になりたいか?』とインタビューされて『人を診れる医師になりたい』と話されていました。
僕も小学生の時に、ある漫画がきっかけで、全人的な医療が出来る医師に憧れるようになり、現在もその夢を追い続けています。
ここからは、あくまで個人的見解ですが、実際、医療の世界で、多くの医師に「人を診れているのか?」と訪ねた場合、各々のレベルで『はい、診れています!』と言える医師は少ないと思います。
僕も、毎日毎日『ちゃんと、その人そのものを診れているだろうか?』と悩み、そこから逃げずに向き合っているからこそ、日々、正直苦しいです。
この苦しさから逃げないで向き合うこと、そのものが「人を診る」ということであり、患者さんに喜んでもらうために、自分の血と汗と涙をかき続けて、苦しみ続けるということなのですから。
正直、医師も人間なので、どこかで楽をしたいから、パターナリズム、マンネリズムで、人を診ないで病気だけ診るようになったりして、段々『人を診る』という意識は低下していくことが多いです。
でも、福岡選手がまっすぐ『人を診れる医者になりたい』と熱く語る姿に『この人なら、できるだろうな~』と自分の胸が熱くなりました。
あれだけラグビーを極めた選手が、それを捨てて医師になるために全力投球するんだから、すごくいい医師になると思います。
僕だって全人的な医療者になりたいと小学校からの夢に向かって、負けたくないと思いつつ、これからも福岡選手をおっかけていきたいと思います。
2021年7月14日水曜日
連続ボーク判定での大谷選手の捉え
僕は高校時代、プロ野球の読売ジャイアンツの4番バッターだった落合博満選手のファンになり、その後、松井秀喜選手、イチロー選手のファンとなり、今はエンゼルスの大谷翔平選手のファンです。
僕は、これらの選手に共通して野球に対して真摯に取り組む人間力を感じるので、応援していると自分も奮い立たされるような気になります。
先日、大谷選手が投手として登板した際に、審判に納得のいかないボーク判定をとられ、その後もう一度、ボーク判定をされるという不可解なジャッジがありました。
この連続ボーク判定は、米メディアでも物議を醸されましたが、その試合後の記者会見で、大谷選手は「久々にマウンドでイライラしてしまった。そこら辺は、まだまだだな、という感じ」と述べていました。
自分にとって納得のいかない不利な判定をされても、迅速に自分を分析し、自分の成長を見据えている、素晴らしい姿勢だと思いました。
なかなかできることではない、さらには26歳という年齢にも関わらず。
僕にとっては大谷選手を尊敬し、かつ『ずっと応援をしていけるな~』ともっと好きになった出来事でした。
個人的には、イチロー選手が引退して『正直もう応援できる野球選手がいないな~』と「イチローロス」になっていたこともあったので、大谷選手に『ありがとうございます。』という気持ちです。
2021年7月7日水曜日
タイタニックと2人のアスペルガー症候群
僕は映画とかアニメで、アスペルガー症候群の傾向のある人を探索して、その人の視点から、僕なりに物語を追っていくということを定期的にしています。
今回は不朽の名作『タイタニック』です。
ケイト・ウィンスレットが演じる上流階級の令嬢だったローズは、破産寸前の貴族の家の財政再建のため、母親が主導で成金の婚約者と政略結婚をすることになりました。
しかし、母親はアスペルガー症候群傾向で、また婚約者もアスペルガー症候群傾向であり、自分が社交場での交流がつまらない様子をしても分かってもらえないと、日々、空虚感を募らせていました。
婚約者は高価な宝石や自分の権力を誇示してローズの愛情を得ようとしましたが、ローズが本当に欲しかったのは「エンパシー」的な共感だったのです。
そこに、レオナルド・ディカプリオが演じるジャックという貧しい、しかしイケメンで才能のある絵描きとタイタニックで出会います。
母や婚約者は察して共感することができなかったという、ローズの苦しみや、心の中に潜む空虚感をジャックは急速に埋めていき、二人は瞬く間に恋に落ちていくという話し。
タイタニックが沈没する際に、ローズのお母さんは救命ボートで無表情で娘のローズが乗船している船の沈没する様子をみています。
あの状態を、皆様はどう感じたのでしょうか?
アスペルガー症候群傾向の母の脳内はパニック状態で、おそらく腹痛、下痢など内臓を含めて興奮していただろうと思います。
しかし、表情筋は無表情で、いわゆるフリーズ状態になっている(一種のパニック状態)だと思います。
決して何も感じてないわけではないのです。
ただ、そうした脳内のパニック、混乱を表出できないのです。
それが「シンパシー」なのです。
他にも、僕がなぜこの二人がアスペルガー症候群だと判断したのか?また、僕が思うローズとジャックの恋と行動心理なども述べたいのですが、今日はこの辺でやめておきます。
2021年6月30日水曜日
エンパシー、シンパシーⅢ!
当ブログのネタではヘビーローテーションとなっていますが、今回も漫画アニメ『鬼滅の刃』の内容を絡めて、あくまで個人的な感想と意見を投稿させていただきます。
前提としまして『鬼滅の刃』を、既に読まれた、または観られた方でないと内容がわかりにくいかもしれませんが、ご了承ください。
※ これから楽しもうとされている方は、ネタバレを含むかもしれませんので、ご注意ください。
那田蜘蛛山(なだぐもやま)編は、僕にとっても非常に勉強になります。
炭次郎は臭いで人の気持ちが分かるという、いわゆるHSPと言われる人の気持ちを察する能力が高く「エンパシー」タイプです。
彼の戦いは、僕からしたら戦っているというより、ひたすら喋っている、いやカウンセリングしている感じです。
文字通り、真剣に向き合っているのです。
鬼である累と言葉や感情を通じて分かりあいたいのです。
そして、最後に累は死にながらも炭次郎のエンパシーを感じて、自分の中の心の記憶が呼び覚まされていく。
こうしたエンパシーを通じた交流に感動や希望を、我々は見出すのだと思います。
一方、水の柱、富岡義勇はアスペルガー症候群的な特性があり、表情の抑揚や自己の内的な感情の表出に乏しい孤高の剣士です。
炭次郎とは対照的に、特に言葉や感情を介することなく、累を瞬殺し、そして着物を踏みつけます。
富岡義勇は自分の感情や想いを他者と分かち合うということではなく、自分の中では、たくさんの想いを背負うけど、それは自己で生成し循環させており、ほとんど他者と分かち合うことはありません。
それが「シンパシー」なのです。
だから、アスペルガー症候群の傾向のアニメキャラは、ドラゴンボールのベジータ、忍者ナルトのサスケ、スラムダンクの流川楓、ドラマでは白い巨塔の財前教授(唐沢寿明)、ぽっぽやの高倉健などなどです。
共通しているのはセリフは少なめで、表情の抑揚は乏しく、特に口周囲の表情筋があまり動かない、自分の感情などの抽象的な表現をあまりしないし、共有し合おうともしないですね。
それがシンパシーなのです。
シンパシー側からすると、炭次郎のように『が~が~』来られると『結構きついわ~』と思いつつも、同時にそこに憧れや希望も抱いているようですね。
たしかにベジータは悟空に、流川君は桜木花道に、サスケはナルトに、財前教授は里見先生に、憧憬の念を抱いていた感じもしますもんね。
2021年6月23日水曜日
エンパシー、シンパシーⅡ!
以前、当ブログに『シンパシーとエンパシー』というタイトルで「エンパシーとシンパシーの違い」について投稿させていただきました。
当ブログを閲覧してくださっている患者さんから、難解で分かりにくいとのご意見を受けて、今回のブログでもう少し分かりやすく?説明したいと思います。
【シンパシー】
・自閉スペクトラム症サイド(アスペルガー症候群、高機能自閉症も含む)
自分という心の中に、生来、他者の心がない、又は乏しいため、相手から感情的に怒られても、すごく嫌な気持ちになるという共鳴(※)はするけど、どうして、ここまで相手を自分は怒らせてしまって、相手の感情をどうすれば落ち着かせることが自分にできるのか?という、人と人を介した感情や言語で論理的、感情的に共有していこうという「エンパシー」としての共感的な対応が出来ない、又は出来にくいのです。
(※ これは本人自身の中で生じるものであり、共感という他者を介して共有していくものではない)
やはり難解だと言われそうなので例をあげると、自閉スペクトラム症の児童に対して、その児童の母親がイライラして叱責、注意すると、自閉スペクトラム症の児童には、母親のイライラが最初に 自分の心に飛び込んできて、そこで「シンパシー」で感じて、混乱、パニック、癇癪を生じてしまうので、母親が懸命に伝えたい思いや内容が、本人には届かないのです。
【エンパシー】
・母親サイド
一生懸命、自分の気持ちや言葉で「愛情としての想い」を伝えたいのに、どうしていつも我が子には「母親の愛情としての想い」が伝わらないのか?という「エンパシー」と「シンパシー」の、共感の仕方にすれ違いが生じてしまうのです。
だからこそ、発達障害の子に親がどう関わると効果的か?という「ペアレントトレーニング」や、発達障害の人に対しての関わり方の根幹が、この「エンパシー」と「シンパシー」といったコミュニケーションでの相互の共感の性質の違いを認識しておくことが重要なんです。
やっぱりわかりにくいでしょうか?
次回も引き続き「エンパシー、シンパシーⅢ!」で説明してみます。
2021年6月16日水曜日
自分自身のトリセツは必要!
診察場面で「自閉スペクトラム症です」や「アスペルガー症候群です」と診断を伝えても、患者さんの理解度はそれぞれです。
普段よく耳にする病名や身近な人が罹った病気の場合では多少何かしらの知識をお持ちです。
ところが「アスペルガー症候群です」と言われても、 患者さんはなかなかピンと来ていない様子であったり、または、こちらが思っている以上に知識が共有されないということが多いです。
さらに発達障害は、非常に裾野が広く理解しにくいのです。
そのため当院では発達障害の傾向があれば、なるべく心理検査などの心理アセスメントを受けてもらって特性を説明したり、地域にある発達障がい者支援センターにいって相談してもらったりと様々です。
少なくとも当院で出来るアセスメントをして、患者さん自身の「トリセツ」の役目が果たせるようにしたいと思っています。
自分自身の「トリセツ」があった方が、自己理解しやすいし、周囲にもわかってもらいやすいし。
発達障害の支援は「解決よりも理解!」そこが大事になってくるので、出来るだけ理解促進的になれるように診療していこうと思っているところです。