2026年9月9日水曜日

上下の関係も、スモールステップで取り組みましょう!

 学生の頃って、1年先輩って、すごく大きく感じますよね。部活で、高2の先輩が、高1の後輩を指導する。お互いに先輩、後輩の関係性に関しては、ビギナーですもんね。初めて、母親が、子どもを産んでも、赤ちゃんが1歳だとしたら、親も親歴1年なんですよね。先輩も後輩も、親子関係なども、最初は、初心者なんだから、徐々に、お互いに成長していけるように、謙虚に他者に関わることが肝要になりますね。

 自分のできることも、スモールステップで成長していけるように取り組んでいけたらいいですね。先輩である自分が、ちゃんと後輩を指導しなきゃ~と追い込むと、自分ハラスメントか、他者ハラスメントになって、悪循環を生じやすいからこそ、そこは共有しておきたいですね。ボチボチやっていきましょう。

2026年9月2日水曜日

精神科の診察は、旅のようなもの

 僕は、大学時代、時間を見つけては、あちこち旅をしました。国内では、高知県以外の46都道府県には、一応、足を踏み入れております。世界では、インド、シンガポール、香港、台湾、エジプト、ケニア、タンザニア、オーストラリア、ニュージーランド、イタリア、フランス、サイパンなどです。医師になってからは、旅行は、あまり行けてないです。でも、診察室で診察していると、患者さんを通じて旅をしているようです。その人の歴史、感性、困っていることの相談を通じて、相互の関係が構築されていく。診療は、まるで旅のようです。その人の文化や感性に触れて、相互交流で、治療的な交流を目指す。今日も、「JTB作田」を目指して、旅人のように診療したいと思います。

2026年8月26日水曜日

ハイキングが好きです

  先日、生駒山にハイキングに、一人で行ってきました。宝山寺というパワーを感じる場所でお参りして、山頂を目指すと、山頂が、生駒山上遊園地になっている。頂上は、遊園地というのは、何か拍子抜けするような感覚がありました。

 その後、下山で違うルートで降りてみたら、道に迷ってしまい、全然違う場所に下山してしまいました。これも登山の醍醐味です。おかげで、「ラッキーガーデン」というスリランカ料理を食べることができて、ハイキングとお参りとグルメで、充実した時間を持てました。

 登山では、大きな木、シダ植物、苔、草花などが、自然環境の中、共生している。この調和のバランスが、人間社会でも大事やな~、と思いつつ、下山しての、スリランカのカレーも、色々なやつをマゼマゼして、美味しく頂きました。大木もシダ植物も苔も草花それぞれ共生できる、自然の厳しさの中に調和を図ることの大切さを学んで、生駒山をあとにしました。

2026年8月19日水曜日

悩み事をする際は、意識レベルに注意!

  イチロー氏が、「僕は、寝る前に、悩むことは、まずありません。意味がないからです。僕は、朝起きて、朝ごはんを食べて、トレーニングをしっかりして、意識が清明な状態で、集中して悩むようにしています。3日寝ないで、悩むとか、僕は、意味が分からないです。」と話されていました。

 精神科医的には、非常に納得します。半覚醒状態で、ボッー、とした状態で、物事を考えると、過去のネガティブなことの想起か、未来の不安や悲観などに思考が引っ張られやすくなり、一番大切にしなければいけない「今を前向きに生きる」が抜け落ちてしまうからです。

 時々、診察室で、患者さんが、ひきこもりがちで、こうした「悩み症」状態から抜け出せない方に、「1日、何歩歩いている?」と聞くと、さっとスマフォを出して、800歩でしたと教えてくれました。運動不足、動かなくなると、半覚醒状態の時間が増えて、煩悩が増えて、過去のトラウマや将来の不安などが、頭の中を占めていって、「今を生きる」が抜け落ちてしまう。そこを一緒に共有して、少しずつ、一歩ずつ、まずは、少し運動したり、掃除したり、家事をしたり、散歩したりを、本当に少しずつやっていってくれています。

 精神疾患の多くは、「脳の生活習慣病」という要素が多いので、生活習慣を一緒に見直して、是正していくことを支援していければと思います。悩み事をする際は、自分の意識レベルに注意しましょう。ボッーとしている状態で、悩み事をしていたら、イチローさんの格言を思い出しましょう!

2026年8月12日水曜日

過度な反省、後悔、自責は、煩悩!智慧と善行こそが修行の道!

  僕は、仏教系のユーチューブを視聴することが好きです。今回は、そこで、なるほど!と思った部分を共有したいと思います。

 人は、過ちを犯しますよね。僕自身も、仕事でも生活面でも日々、過ちを犯しています。その際に、反省したり、後悔したり、自責的になったりする。それを過剰にやりすぎると次第に「心が小さくなる」結果的に、「自制心も低下」して、悪行が増えやすくなる。そのため、過度な反省、後悔、自責は、慎むべきだということが、仏教の教えにあるそうです。過度な反省、後悔、自責は、煩悩だと、意味がないどころか、やめなさいと仏教で指導しているのが、精神科医的にも、非常に納得します。

 仏教では、過ちに対して、智慧をもつことは大事だと、今後の知識や技術を身につけ、同じ過ちを繰り返さないように努めることが大事だと説いている。また、犯してしまった過ちに対しては、「善行」を行うことが大事だと。その善行を行う時に、邪魔になるのが、過度な反省、後悔、自責という煩悩であると。自分の心を健康に磨いて、これからの人生を、精力的に善行を行っていくことこそが、正しい道だと諭している。本当にそうだなと、思います。

 過剰に反省、後悔、自責的になっている患者さんが、当院では、来られますので、そうしたお手伝いを、診療を通じて、していきたいと思います。もしも、取り返しがつかないようなことだったとしたら、相手の幸福を、又は、ご冥福を、祈ること、これも善行になると思います。

 僕は、小さな診察室で、日々、診療で失敗して、反省しますけど、智慧をつけて学ばせていただきつつ、よりよい診療という善行になれるように精進していきたいと思います。

2026年8月5日水曜日

早期退職よりも、ずっと働きたい!

  大学の同級生とあったりすると、55歳頃を目途に、仕事をセミリタイアしたいとか、結構身近な人が、仕事に、人生に疲れているように感じる、今日この頃です。

 僕自身は、3浪して、やっとの思いで医師になれて、日々、しんどいこともありますけど、仕事を通じて充実しています。診療を通じて、患者さんが、少し楽になった姿をみたりすると、何よりも充実した気持ちになります。

 僕は、早期リタイアよりも、健康である限り、健康的に医師として、自分ができることを全うしたいと思っています。もちろん、自分の心身の健康状態によりますし、仕事以外でも、人生を謳歌はしたいですけど、苦労して医師になったんだから、医師になりたくても、なれなかった人もいたわけだし、医師を続けていきたいと改めて、自分に問い直してみて、そう思いました。

2026年7月29日水曜日

心身の健康を支援する。その後の人生の責任は、患者さんに委ねる

  かつて「かわいいは作れる!」というキャッチフレーズのCMがあったかと思います。精神科診療でも患者さんとの共同作業で、「元気は作れる!」というキャッチフレーズ的に、元気を回復してもらえるようなお手伝いをしています。

 しかし、児童精神科の診療をしていると、そこに+(プラス)で、その子が、「何者かになってほしい」「将来、自立できるようになってほしい」という願いが発生してきたりします。でも、そこが、支援者が強いとエゴになったりして、返って、その子を追い込んでしまうリスクが生じます。児童精神科医としては、診療を通じて、「その子が、何者になるのか?」、そこは本人の自己責任によるところが大きいし、こっちは、そこまで思わなくていい、そう自制する必要性も感じています。

 結局は、自分の人生の目標や責任を取れるのは、自分自身しかいませんからね。そのための心身の健康さを、回復してもらえるように、支援に徹したいと思って、今日も、診療に望んでいます。

2026年7月22日水曜日

無力ではなく、微力です。

 普段診療していても、精神科の治療って、支援とか応援的意味合いが強いので、内服も処方はするけど、実際飲むことは本人の意思なわけで、最終的には、患者さんを信じて祈るしかない。死にたい患者さんにも、入院は勧めるけど、強く拒絶されると、なかなか治療関係上入院させるのは難しいケースも多く、結局は、患者さんが、死なないことを祈るしかない。もちろん、それまでにも、色々と手立ては考えるし、作戦は錬るけど、最終的には祈るしかない。

 だって、生活の主体は、どうしたって、本人なんだから。それを、僕ら治療者は、応援したり、祈るしかない。でも、死んでほしくないし、自分も他者も、傷ついて欲しくないし、傷つけて欲しくない。祈りをもって支援すると、通じている部分も大きいので、無力だとは思わないで、微力だと思って、自分のその「祈りの力」を信じて、支援していきたいと思います。微力ですが、思いが通じますように。

2026年7月15日水曜日

愛するって、向き合うことではなくて、同じ方向をみて、一緒に進んでいくことだ~

 人は、恋をすると、一緒にいて楽しい、嬉しい気持ちになる。でも、しばらくすると、そうした思いだけでなく、徐々に、自分の思い描く恋人ではない部分を相手に感じて、相手に変わってほしいという欲求がでてくる。そうした欲求を相手にぶつけると、お互いに険悪になる。最悪、そうしたことが重なると別れとなることもありますよね。
 こうしたことの背景に、「愛欲」という煩悩が関係している。愛欲とは、「愛という人を大切に思う気持ち」と「欲という何かを求める気持ち、特に満たしたいという欲望」の重なったもので、仏教的には、煩悩(人を苦しめる欲望)の一つとして否定的に語られることもあります。こうした相手に対しての執着から脱する方法は、愛の対象者と、一緒に、共有した目標に向かって進んでいくことなんだと思います。
 人生とは、修行です。一人では、その修行を乗り越えるには、しんどいからこそ、仲間が必要になります。向き合うことが愛情というよりも、一緒に、修行して目標に進む仲間のような関係になることが、愛するってことなのかな?と、最近は身に染みてきているように思います。

2026年7月8日水曜日

自分自身の中に、「このままでいいのか?」と、問いかけてくる自分がいます。

  僕は、小学校低学年の頃、曾祖母が90歳代で死去し、はじめて死体をみて、お葬式を実感として経験しました。人の死というものを、間近で、はじめて感じて、自分がいつか死ぬこと、自分の両親がいつか死ぬことを考えて、不安感、恐怖感が高まって、その葬式の日からしばらくは、両親に挟まれて寝たのを覚えています。

それ以後、自分の「死」を意識し、どう生きるのか?を、子どもながらに自問自答する中で、今ある「生」を大切にしたいと考えるようになり、小学校の頃、漠然とですが、医師になりたいと考えるようになりました。そのように、子どもの頃は、自分が大人になるときのことを漠然と考えていました。そして、医師になることをイメージして、何とか医大生になり、研修医となり、精神科医になり、結婚して、子どもができて、開業して、とずっと目標があり、その時の課題と向き合って、今とても充実しています。でも、自分の心の中で「このままでいいのか?」と、問いかけてくる自分がずっといます。  

 現在、47歳の自分は、まだ、何かしたいことをできる年齢でもあります。それが、仕事なのか?または、食べ歩き?旅行?親孝行?山登り?とにかく、自分でもわからないので、思いつくままに、色々やってみようと思います。少し、人生において、少しだけ余裕が今、生まれているのかもしれません。人生をより能動的に楽しんでみようと思います。でも、おそらく自分自身の「このままでいいのか?」に対しての、自分なりの返答は、やっぱり来院された患者さんに、少しだけ楽になって帰ってもらう。それで、お金を稼いで、僕の家族や当院のスタッフに還元して、共に生活して、必要以上に、身近な人と揉めずに生きていく。その営みの大切さを感じて、日々精進して明るく、心軽やかに生きていくことなんだろうと思います。

2026年7月1日水曜日

怒りのセルフコントロールの実践

  プロ野球の読売ジャイアンツの元監督は、僕と同世代です。また、子どもの年齢も近いものがあります。僕自身も、子どもの言動で、瞬間的にイラっとして、暴力で制したくなる衝動を感じることがあります。そうした際に、僕は、心の中で、5から10秒程待ちます。(そうならないこともありますが・・・)また、その間、自分の感情を自分で解説したり、眺めるようにしています。(そうできないときもありますが・・・。)そうすると、大概、後で「は~、叩かなくて良かった~。」とほっとします。

 現在は、暴言、暴力という力技は、問題になりやすいですよね。自分の中にある怒りに振り回されて生きたくないですよね。怒りに振り回されて行動すると、回りまわって、自分に、すぐに返ってきやすい時代に入っているからこそ、留意したいですね。

 阿部監督も、酒を飲んでいた状態だったそうですが、酒を飲むと、理性的な判断力が低下し、感情や衝動の自制が効きにくくなる。酒以外でも、違法ドラッグや市販薬乱用など留意が必要なものが巷では溢れています。そうした物質やチャットGPTに頼らないといけない時代だからこそ、僕は、精神科医として、心の健康の大切さを痛感しながら、今日も、チャットGPTに聞きながら、時々、微量の酒にも頼りながら、何とか診療していきたいと思います。

2026年6月24日水曜日

天皇陛下のお言葉

  223日に、66歳の誕生日を迎えられた天皇陛下は記者会見において、「親しい方が亡くなられたり、生活環境が一変してしまったりした方々のことを思うと、震災の傷はいまだ癒えていないと感じます。災害による影響は人それぞれに異なり、10年、15年という年月の経過だけでは測れない重みを伴うものだと思います。これからも雅子と共に、被災地に心を寄せていきたいと思っています。」と述べられ、3月、4月にかけて岩手、宮城、福島を訪問されました。

 心の問題の回復には、個人差が大きいこと、人によっては、長期的な経過があり、その支援も、それに寄り添ったものが必要であることを、国民全体で共有できた意義は大きいと考えています。この「重み」に対して、社会全体で取り組んでいこうとする風潮が、社会の主流となれるように、我々も精進していく必要があるなと、陛下のお言葉を受けて感じています。

2026年6月17日水曜日

喪失体験、別離体験って大事だなと思うこともあります

 春は、別れと出会いの季節になりがちですね。頼りにしていた支援者とか先生が、いなくなって不安定になっている状況の患者さんにも診察場面ではお会いします。

 僕は、こうした不安定さは大事なことだと思っています。本人自身にとっては、頼りにしていた人が、いなくなったのだから大変です。でもそれをきっかけにして、新しい人と出会ったり、自分のできることの幅が広がるチャンスだったりもします。また、大事な人と別れてから、その人との思い出や経験の真価が問われる気もしています。その人との出会いがあったからこそ、前を向いて生きていけるのなら、それはとても素敵な出会いだったと言えます。

 人は、不思議なもので、別れてからの方が、その人との思い出が、より鮮やかになるような気がします。

2026年6月10日水曜日

自分が子どもの頃を忘れて、親の顔になってしまっている。

 子どもが、大学生になり、一人暮らしをしたいと言ってきました。親である僕は、そうしたかったら、アルバイトで、家賃の頭金を出すとか、家賃の一部を出すとかは、してや~、と条件を伝えました。

 でも、自分が大学生の頃を思い出すと、大阪から三重に転居し、一人暮らしを始めた際は、全額親に6年間家賃を払ってもらいました。その後、大学生の頃、車を親に買ってもらいました。大学の目の前にあるスバルの中古車に、僕は、ひとめぼれして、親に対して「早く買って~、じゃないと誰かに買われてしまう~」と親に強く訴えて、買ってもらいました。

 3浪して、大学1年生の21歳の当時の僕の話です。その後、僕は大学を卒業して、医師になり、親になり、自分の子どもが、幼いな~、甘えているな~と感じています。でも、僕も大学生の頃は、甘かったし、幼かった。そもそも、現在も、僕は年齢に比して、幼いし甘えがちです。

 上の世代からみたら、下の世代は、そういう風に、みえやすいのです。娘に、上記のことを言った後に、自分自身に「お前は、どやねん。お前もよっぽど、甘かったし、幼かったんじゃないのか?よく、そんなこと、言えたもんやな~」と自己突っ込みした今日この頃です。

2026年6月3日水曜日

天動説→地動説のパラダイムシフトは大事

 発達障害を有していたり、不登校やひきこもり状態が長期化していると、自己中心性が高まりすぎて、自己が尊大化しているように感じることがあります。つまり、天動説のような考え方、自分を中心に、周囲の人が、それに合わせて動くのが当然だという発想です。そうなると、身近な人に対して、DV的になります。自分の思うように動かなかった親を怒鳴ったり、叩いたり。また、そうした自分は悪くない、相手が、ちゃんとそうしなかったから悪いんだ、叩かれても、相手は、文句は言えないだろうという考え方です。

 まるで、アメリカやロシアの大統領の政治のような感じ。ひきこもり状態が長期化すると、自己の内的世界が強くなり、身近な親や家族に対して、尊大な念慮や対応が強くなりすぎて、暴言や暴力が認める際は「かわいい子には、旅をさせろ」アプローチがいいように思うこともあります。

 本人の許容できる範囲での社会交流の模索をして、どうしても難しい場合は、精神科での入院も選択肢には、ありだと思います。

 地動説のような、自分自身が、自分の今、置かれている環境に、自分がどう合わせていくかというパラダイムシフトを生じさせるような練習ができる場所を提供することも、支援者として大事な視点だと思ってはいます。

2026年5月27日水曜日

コミュニケーションの認知は、結構ずれるもんですね

 先日、児童精神科領域の勉強会に演者として参加しました。その際に、前列の席で、偉い先生が、スマフォをいじっていて、演者の僕の認知としては、偉い高名な先生だから、僕の話は、レベルが低くて、興味を惹かないのだろうな~と感じていました。

 勉強会の後に、飲み会があり、そこで、自虐的に、その先生に、話したら「そんなことはない。先生の話は、新鮮で、聞きなれない用語も出てきて、それを調べてたんです~。」と結構、好意的に、僕の話に興味を持って、聞いてれたんだ~と嬉しい気持ちになりました。

 僕自身の、心の内面としては、3浪して、何とか医学部に入学して、その後も、優秀じゃない成績で、かつ、大学を卒業後も、大学院などに入ってアカデミックな勉強をしたりもせず、そうした劣等感やコンプレックスがあり、そうしたことの「投影」(自分の中にある感情・欲求・欠点などを、自分ではなく「他人のもの」として感じる心の働きという自我を守る防衛機制のひとつ)して、偉い先生が、僕が話している際中にスマフォをみているという行動に対して、僕自身は「どうせ、高名な先生には、僕の話なんてしょうもないんやろうな~」と被害的な捉えになってしまったのだろうと思いました。こうした「投影」という心理的な現象が、日常的に、悪循環を生じている気がするので、共有はしておきたいです。

2026年5月20日水曜日

対人関係は、正面より斜めくらいがいい

  僕は、僕自身が幸せになることを、追及していきたいと考えています。幸せになるためには、身近な人間関係が、良好であるということが、前提であり、目標にもなります。そのためには、自分自身や家族、当院のスタッフ、友人、患者さんと、不必要に揉めていないし、仲がいいということにつきます。そのためには、お互いに、あまり向き合わないことも大事だと思います。目標があって、そこを目指す中で、協力関係にある方がいい。完全に向き合うと、相手に求めることの意識が過剰になってしまうからです。対人関係は、向き合うよりも、斜めくらいの角度がいい。目標に向かって、協力し合う「友」のような関係がいいなと思います。

2026年5月13日水曜日

欲しがるより、与えようとする方が、よっぽど健康的

  人間関係で大事なことは、自分が、相手にしてあげられることが大事なんだと思います。相手に、欲しいと求めて、自分のものは、相手に取られないように必死で守る。

 これが、国家間でいうと、戦争になるし、社会的、家庭上でも、戦いになるか?関わらないという冷戦になるか?寂しくなるか?できれば、身近な人に、自分が何を与えることができるか?が大事だなと思います。

 難しいことではなく、僕に置き換えたら、相手をクスらせること、滑って僕の自己愛は、簡単に傷つきやすいですけど。めげずに、クスらせて、いきたいと思います。

2026年5月7日木曜日

人前に、自分をさらけだすことは大事だと思いました

 診察室という密室では、どうしても治療者としての主観が強まりやすく、自分の短所や長所が不明瞭になって、診察が、独りよがりになってしまうリスクを、僕は常に感じています。幸い、定期的に講演会などで講演する機会があり、講演する度に、自分の良くなかったところ、伸びしろを、みつけることができます。今回の講演会で、自分に感じた反省点を述べさせてください。

1;僕は、講演会で、自分のADHDの特性があることを話していますが、あくまで、ADHDの特性はあるけども、グレーゾーンで、むしろ、注意力散漫が、色々なことに目がいって好奇心という形だったり、多弁な精神科医として、多動さを発揮できていたりしており、現状は、不適応というより、長所になっていることを伝えられてなかったです。

2;エビデンスベースの話を印象に残すために、かつ、わかりやすく伝えるために僕のナラティブな話にすり替えて話すことが多いのですが、返って、混乱や語弊、または、僕の親が、僕にしてくれた対応などを話すと、「そんなことできないって」、返って親御さんを追い込んでしまった可能性もあったなと感じています。

他にも色々と反省点は浮かんできます。自分を客観視して治療者として成長を促すために、今後も不定期に、人前で醜態をさらして、自分のできなさと向き合って、いつか、もうちょっとましな支援者になれるように頑張っていきたいと思います。

2026年4月29日水曜日

僕自身が、最近、悩みや怒りを生じた際に、実際に取り組んだ解決への道

 最近も、家族内で、イライラするような出来事がありました。家族に対して、「こうしたらいいのにな~」 でも、そんなことを言うと、相手は、自分が否定されたとなり、関係が悪化したりするので、言わないでおこうとして悶々とした気持ちになる。そして、何か、自分の腹付近に炎症のようなものを感じる。大げさに言うと「はらわたが煮えくりかえっている」のだと思います。このような、心の炎症をずっと持ち続けると、本当に病気になってしまいます。この「はらわたが煮えくり返る」という現象を生じさせている第一の原因は、相手の対応への不満ですね。しかし、第2、第3の原因は、自分自身が、考えすぎて、正しくは、「こうした方がいいのに~」とか、「どうして、相手は、改善してくれないんだ~」とぐるぐると怒りを増幅させている。それを、他でもない自分自身がしてしまっている。まず、そこを、僕は、自分で気づけたのです。

 その次に僕がとった行動は、当院のカウンセラーに、話します。彼らは、傾聴のプロですので、僕は、カウンセラーと話していると、腹にある「怒り」を外に出せて、徐々に冷静になっていける感じがしました。その上で、カウンセラーからは、「相手に配慮しつつ、対応しましょう」「そういうときは、大きな変化をしてはいけない。小さな変化を心がけましょう」などのアドバイスをもらいました。また、友人に相談した際は「小さな変化に対しての具体的なアドバイス」をもらいました。それを受けて、僕の中にある不満やイライラが、消えているわけではないけど、それに左右されないで、それを乗り切れそうな、イメージができてきました。これは、たった2日間の僕の出来事です。

 これをまとめると、最初に、自分自身が問題を作り出して、怒りを作りだしている。そのことに気づく。その上で、周囲に話して、発散、整理、昇華していく作業ができました。実際、1個1個の話をしている作業は、大したことではないんですけど「ちりも積もれば、山となる」ですね。やっぱり、よい人間関係とか相談できる人がいるというのは、とても大切なことなんだと改めて思いました。