2020年10月15日木曜日

子育て環境の時代の変化

 今回のブログは、診療において子育て中の親御さんや、その祖父母の方から「我々が子どもだった頃は~」と話されることを耳にすることがあり、現在の子育ての環境を考える上で、一度、子どもや家族の状況に関しての歴史を、歴史的時代背景を踏まえながら、おおまかな時代ごとに簡略に追ってみたいと思います。

==========
・先史時代(縄文・弥生時代)
狩猟・農耕の時代で、家族単位で自立する経済的環境はなく、子育ては親が中心でありつつも「村」の中で行われていたと考えられています。
多産多死で、出産時の母の死亡率も高く、子どもの生存率もきわめて低かったようです。

 
・古代(飛鳥・奈良・平安時代)
ある程度階層が分化し、貴族・豪族・専門職などが成立し、身分格差が生まれ、家の継続意識が生まれてきました。
家族の役割は、人口の再生産と子どもの養育とされ、身分格差・子どもの格差が生まれました。
子どもは親の従属物とされ、子捨て・売買も行われ、庶民の子どもは裸で遊んでいました。

 
・中性(鎌倉・室町・戦国時代)
武家社会で、農業の発展とともに新たに多様な職業が生まれ、それらを継承するために「家」という概念が強まり、「家」では子どもは後継者として位置づけられ、寺社にて武家の子弟(してい)らは稚児(ちご)として入り教育を受けました。
しかし、相変わらず多産多死(16歳までに半数が死亡)で、生活のための堕胎、間引き、子捨て、売買がありました。
当時の小児医療は、民間療法と祈祷が主体で、成人まで成長できるのは半数程度だったようです。

 
・近世(江戸時代)
社会が安定し封建的な家長権が男性たる家父長に集中している家族の形態である家父長制(かふちょうせい)が確立され、職業が固定化、都市では商品経済が発達し、結婚して家庭を持てる人が増加しました。
家業を継承・維持するための子育てへの関心が高まり、教育への必要性も高まり、家庭外教育として寺子屋が普及しました。

 
・近大(明治~戦前)
新政府による富国強兵策により急速に西欧化し、その後、大戦から敗戦に至る過程で社会構造も激変しました。
子どもや家族を巡る最大の変化は、いわゆる「生めよ増やせよ」政策による多産の奨励で、小児人口が増加しました。
初等教育が全体に普及し、立身出世が目標とされ、国家政策的に家庭の役割や母性が強調され、小児医療は西洋化され、西欧的育児法も導入されました。

 
・現代(戦後~現代)
第二次世界大戦後、人権意識が変わり、社会が安定し、科学技術が進歩し、個々の生活が豊かになり、家族と子どもの環境は、出産の調節、医療水準の向上、生活条件の改善などによって、少産少死時代になりました。

==========  

上記では、江戸時代頃までは、生まれた子どもの半分は7歳頃までに死亡していたと考えられ、生き残ることが最も重要な課題でしたが、現代、出生数はこの100年で半減しましたが、半分以上の子どもが死んでいたという時代から、生まれた子どものほとんどが生存できる時代になり、小児の死亡率はきわめて低くなりました。

今、我々が生きる時代である現在の状況では、飢餓問題は消失し、飽食が日常になり、幼児期からの教育が一般化し、教育内容は高度化し、そのなかで低年齢からの競争が生じています。
生活環境では、居住環境の快適化に伴う密室化と孤立化へと変化していき、その結果として、家族や個人が孤立するという状況が生まれやすくなっています。

過去の歴史を遡ると、子どもの遊び空間は基本的に屋外でした。
しかし、自動車の激増、犯罪やコロナ感染の懸念などにより、自由に遊べる空間は都市部を中心に激減し、代わってゲームを中心とした仮想の遊び空間は増大してきています。
さらに、子どもを市場とした商品・情報が氾濫、医療の無料化など、子育ての環境の変化は激しく、こうした変化に伴って、生物学的なリアリティーの希薄化、コミュニケーション能力の低下、母親への過剰な育児負担などが生じやすくなっているといわれています。
 
得てして、小児医療においては、身体調節機能の低下、アレルギー疾患の増加は、きわめて現代的な現象で、家屋構造、食生活、感染症の減少など生活環境の変化と関連づけられており、特に発達障害の激増や顕在化は、子どもの環境の変化が大きく影響している可能性が高いといわれています。

また、核家族の進展からの孤立化した家族、特に母親の育児に関連する不安・緊張に起因すると思われる育児不安や虐待も大きな問題です。
育児は、母親的役割を担った存在を中心とした家族全体で行われることが最も効率的であり、つまりは、育児は家族全体の問題ではないでしょうか。

子どものこころや体の成長を育んでいくために、こうした時代の経過があることなどを、教科書から抜粋し改めて考える必要性を感じています。