2019年5月9日木曜日

僕のGWは、こんな感じでした

新天皇即位の祝日になったことと、祝日法により10連休となった今年のGWでしたが、みなさんはどのように過ごされましたか?
10連休という大型連休でしたので、事前に色々と予定をたてておられた方も多かったのではないでしょうか。

僕も、両親や家族との予定をそれなりに考えていました。
が、
GW直前に妻が転倒して腕を骨折するという災難に見舞われてしまいました。。。

とりあえず夕食などを済ませたのちに診療時間後のクリニックで、ひとりで仕事や勉強をすることがあるのですが、その日の晩も同様にクリニックで仕事をしていました。
すると、あまりかかってこない時間帯なのにめずらしく携帯電話が鳴りました。
画面を確認すると着信は妻からで、とってみると電話越しの声から緊急事態だということがすぐにわかりました。

すぐさま自宅に戻ると、取り乱した妻は、変形した手首を抱えて泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と、僕に謝っていました。
見た瞬間に骨折だとわかったので、すぐに救急車を呼び応急処置をしながら「大丈夫、謝らなくていいよ、大丈夫やから。」と声掛けをすると、次第に妻は落ち着きを取り戻しました。

ここからは一部、精神科医としての側面で僕の体験や所感をつづらせてもらいます。

実際上の骨折による局所的な疼痛(とうつう)という痛みと、変形した手首を本人が見て「この先どうなるだろう」「もし責められたらどうしよう」という不安や、「家族に対して申し訳ない」という気持ちなどが混在した状態で「心理的疼痛」が影響し、骨折による疼痛が何倍にも増幅していくという、余計に心身の悪循環の相互作用を来しているといった状況でした。

そこで「夫である僕が家に戻ってきてくれたこと」「夫である僕が自分のことを責めていないこと」「治療的な方向性に向かっていく」という安堵感から不安が少しずつ軽減していき、骨折による局所的な疼痛という痛みのみに分割していきました。
何がいいたいかというと、それくらい実際上の骨折の疼痛という身体の痛みに対して、心理的な疼痛という心の状態が、かなり影響していることを改めて実感しました。

その後も、救急車が到着し搬送される救急車内で、妻の表情はみるみる青白くなり過呼吸を呈しかけていきました。
ここも、骨折という激しい疼痛と、狭い救急車内での馴れない環境下により、自律神経が乱れ、過呼吸を呈していきました。
僕がすぐに救急車内のベッドで横になるように誘導し、手を握りながらゆっくり深呼吸をするように指示し、支持的に対応することで病院に到着した時には落ち着きを取り戻すことができていました。

症状としては重症ですが、それほど大事には至らなかったので、こうやって精神科医として振り返り、あまりしたくはありませんが正に渦中でのリアルな経験により、心身の相関を対人の相関で働きかけることにより心身が落ち着いていくという、個人としての心身相関の悪循環が、対人としての相互作用を通じて消失していくことを強く感じることができました。

病院に到着してからは、病院スタッフの対応の一つ一つが我々夫婦にとっては、いかに支えになったことか。
ほんの少しの支持的な声掛けでも、どれだけ我々夫婦の不安や動揺を落ち着かせてくれたことか。
確かに、GW直前という最悪な状況での救急受診だったので、待ち時間は凄まじく長く、正直イライラもしました。
でも、スタッフの方の真摯な対応や、声掛けへのありがたさを実感させていただきました。
やっぱり、自分が患者さん側に立つことでの「気づき」が、本当にたくさんありました。
そこを大事にして、今後の自分の診療にも生かしていきたいと思いました。
楽しみにしていたGWの予定はすべてなくなり、家族全員が号泣しましたが、家族の健康の心身の大切さを気づかせていただいたという点では、とてもいい経験になりました。

妻は、この骨折に伴い家事のほとんどができなくなりました。
と同時に、妻以外の家族全員が、多くの家事を当たり前のように妻にして貰っていたことに気づきました。
そうせざるを得ない状況になって初めて、僕や子どもたちは、料理、家事、掃除など、普段、妻にしてもらっていたことをすることになりました。
正直、全然できてないし、子どもらも動揺しています。
ですが、こうした妻の怪我という危機により、家族の相互の役割が変化するチャンスが到来しているのも感じます。

仕事ばかりで、妻がしてくれていることが、いかに自分には出来ないかに気づく夫。
普段から妻がしてくれるからと甘えていた部分を、急に自分たちがしなくてはならない状況に直面化して変化し始めている子どもたち。
一見、家族が停滞している、悪化しているように見えても、妻を支えようとすることで、らせん状に成長しているように僕には見えています。

妻には、手術、リハビリを頑張ってもらって、僕は、少しでもその支えと家事、育児の分担割合を増やしていき、子どもたちは、これまで母にしてもらっていたことを自分でやるようにしたり、家事(料理、掃除など)をやれるようになるチャンスです。

実際のところ、家族全員が、泣いたり、怒ったり、喧嘩したりの大型連休でした。
でもこれが、リアルな我が家の「ゴールデン」な「ウィーク」でした。