親であれば、子どもが自発的に勉強して、良い成績をとり学歴をしっかりつけ、この社会で生活していってほしいと、だれもが思うところですよね。
一般的な話を例にすると、母親は特に子どもと接する時間が長い分、つい感情的に〈怒る〉というレベルに達してしまい「いい加減、ダラダラしないで勉強しなさい!」といった具合に、『アニメ ドラえもん』の、のび太君のお母さんみたいに、頭に角をはやし牙をむき出しに雷を落とす、といったことってありませんか?
アニメでは、のび太君は勉強したフリをして遊びに行く~、みたいな流れで話が展開していくわけですけど。。。
まず、「子どもがどうやったら、自分から勉強するようになりますか?」という質問で、 親御さんが子どもに指示を出すときに、
A. イライラをそのままぶつける状態で感情的に言っているのか、
B. 子どもの成長を思って言っているのか、
が最初の大きな分かれ目だと思います。
〈怒る〉と〈叱る〉は違います。
〈怒る〉は、自分の感情を相手にぶつけることです。
子どもが勉強をしないことで、親が勝手に不安になっている状態で、感情的に怒鳴って子どもを叱責しても、本人の不安というよりもむしろ親の不安にとって変わってしまい、子どもの主体的な不安にならず当事者意識が薄れてしまいます。
イライラした状態で感情的に言われた指示で、その圧力に屈して、子どもがとりあえず勉強しても、あくまでイヤイヤでやっているので成績は伸び悩むことが多いですし、仮にそれで勉強ができたとしても、その後の人生で主体的に取り組む力が育ちにくい気がします。
人間は、本来繊細で自由を好む生き物ですので、奴隷の状態が、一番仕事や勉強の効率が悪くなり、勉強は嫌いという認識が強まったり、主体性が乏しい子になりやすいような気がします。
重要なのは、自らが主体的に取り組もうとしなければいけないということです。
結局は、人生は受け身ではいけないということです。
反対に〈叱る〉は、相手を本気で心配し、注意することです。
どうしても人間ですし、特に家族に対しては甘えも生じ感情が先行してしまいがちです。
だからこそ、家族だからこそ、自分の今伝えようとしたことは、
・ただ、自分の感情を相手にぶつけただけなのか?
それとも、
・相手のことを本気で心配して発言したことなのか?
を自問自答することが大切だと思います。
しばしば、僕も家では感情が先だって、家族を傷つけてしまいます。
申し訳ないな~と、最近反省の日々です。
つくづく、日々意識しておきたいことだと思います。
繰り返しになりますが、どこかのタイミングで子ども自身が主体的に行動を起こそうと思わない限りは、継続的に成長していくことは難しいと思います。
そうやって、子ども自身が自らを成長させることを愛を持って観察し、認め、支えてあげることが、親の役割だと思います。
結局、子育ては、親育て!
親である自分を育てるということなんだな~ と実感する日々です。
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