2025年7月23日水曜日

小学校~それは小さな社会~

 主題のタイトルは、集団行動や勤勉さといった日本的価値観が小学校の6年間でどのように育まれているのか。小学校1年生と6年生に焦点を絞り、その学校生活を丁寧に見つめていくドキュメンタリー映画です。僕は、この映画そのものは視聴していません。ただ、20数分のショートカット版をユーチューブで視聴しただけです。結構、この映画で、コメンテーター等の方も好意的で支持的な発言が多かった印象でした。教育評論家の方も、世界にも発信する価値があるものだと。僕は、視聴して感じたのは、結構リスキーな教育を、日本は現在でもしているな~と思いました。映画での、音楽の発表会の練習の際も「自宅で、練習していたのか?やる気がないなら帰ってもらっていいです」と追い込む先生の姿がありました。幸い、サポートケアしてくれる先生がいたので、何とかなったけど。もし、そうでないなら?不登校になってもおかしくなかった。周囲と協調していくことの大事さを伝えたかったのでしょう。これを、小学校年代という早期の発達段階で学ぶと、自分よりも、周囲への意識が高まりすぎてしまう。結果的に、自分軸よりも他人軸を重視して生きようとしてしまう、いわゆる「過剰適応」な子を作ってしまうリスクがあることを、もっと認識してほしいと僕は感じました。その結果、それができない子は、将来、自分を過度に責めて、うつになったり、社会不安となったりして、不登校やひきこもりを作り出してしまうリスクがあることを知っておいてほしい。

 少なくとも大切なことを伝える際に、先生が小学生の子供を脅さないで欲しい、怒鳴らないで欲しいなと思います。もし、それに順応、適応した子も、大人になったら、脅すし、怒鳴る人になってしまうリスクがあるのです。そうしたことを、モデリングさせて本当に、教育、指導なのだろうか?と僕は感じちゃいました。

 日本特有の集団行動の協調性や勤勉さは大事だと思いますし、それを指導することも大事だと思います。しかし、小学生年代のこどもの心の成長発達において、それ以上に重要なことは、子ども自身の内発的な動機で、主体的に取り組めるように、大人たちがサポートすることの方がもっと大事だと思います。外発的な動機付けとして、「みんなができているのに、君だけ、頑張ってない」と糾弾する。短期的には有効だと思います。しかし、それで、適応したとしても、周囲に怒られないように頑張る子になる。そうなると、主体的に物事を取り組んでいく能動性が低下していくリスクを持っている。さらに、適応できなかった子は、自分はダメだと自己否定の世界に没入していくリスクがある。どちらにせよ、同調圧力的に、子どもを糾弾していく手法は、この時代において、リスクが高く、長期的なデメリットが高いと僕は思うんですけど、皆さんは、どう感じているのでしょうか?

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