2026年4月1日水曜日

人前に、自分をさらけだすことは大事だと思いました

  診察室という密室では、どうしても治療者としての主観が強まりやすく、自分の短所や長所が不明瞭になって、診察が、独りよがりになってしまうリスクを、僕は常に感じています。幸い、定期的に講演会などで講演する機会があり、講演する度に、自分の良くなかったところ、伸びしろを、みつけることができます。今回の講演会で、自分に感じた反省点を述べさせてください。

1;僕は、講演会で、自分のADHDの特性があることを話していますが、あくまで、ADHDの特性はあるけども、グレーゾーンで、むしろ、注意力散漫が、色々なことに目がいって好奇心という形だったり、多弁な精神科医として、多動さを発揮できていたりしており、現状は、不適応というより、長所になっていることを伝えられてなかったです。

2;エビデンスベースの話を印象に残すために、かつ、わかりやすく伝えるために僕のナラティブな話にすり替えて話すことが多いのですが、返って、混乱や語弊、または、僕の親が、僕にしてくれた対応などを話すと、そんなことできないって、返って親御さんを追い込んでしまった可能性もあったなと感じています。

他にも色々と反省点は浮かんできます。自分を客観視して治療者として成長を促すために、今後も不定期に、人前で醜態をさらして、自分のできなさと向き合って、いつか、もうちょっとましな支援者になれるように頑張っていきたいと思います。

心って不自由だなと思います

 日々、診察をしていて感じるのは、「結構、人の心というものは、不自由なんだな~」という実感です。親子の関わりで、どうしても、お母さんは、息子さんを怒ってしまうとか「褒められないんです~」とか。夫婦問題でも、どうしても、「許すことが、できないんです~」とか、「優しくできずに、怒ってしまうんです~」とか。

 体の関節に、可動域があるように、心にも、色々目に見えない拘束がかかっていて、心の可動域は、人によって、心の状態や特性(愛着パターンを含む)によって違うということです。最近、患者さんの心の可動域に合わせて、治療するということが分かってきつつある気がしています。そこを、治療者である僕が、認識していないと、「説教外来」に、すぐになってしまって、患者さんの治療ではなく、「傷つけ外来」になってしまいますので、気をつけて診療していきたいとは思っています。

 しかし、実際は、僕の心の関節の可動域も、すぐには広げられないので、ご迷惑をおかけしながらも、努力しているところです。