2019年7月25日木曜日

さんまさんはすごいな~

いつも明石家さんまのトーク番組を見るたびに「すごいな~」と感心します。
何がすごいって、全てが笑いに変わるからです。
しかも、相手を貶めることなしに。

きっと、さんまさんにとっては、相手が誰であっても対等なのかな、と感じます。
『笑いの前では誰であっても平等』みたいな空気を感じます。
それに、どんな深刻な話だとしても、さんまさん自身は「人は誰でも、生きているだけで丸儲け!」という超越した思いを持って、慈愛を持って対応しているように感じるんです。

そして、個人的には、自分は死ぬまで人を楽しませるんだという覚悟のような決意のようなものが、悲壮感なしに颯爽と感じます。
何より、カメラの前ではなるべく笑いについて審査や評論をせず、笑いを分析するような野暮なことはせず、あくまで一生芸人としてのスタイルは誰もまねできないような気がします。

伝説の治療者といわれるアメリカの精神科医、心理学者のミルトンエリクソンという方がいるのですが、その人も決して、治療を体系化したりしてこなかったそうです。
僕には「日本のミルトンエリクソンは、明石家さんまさんじゃないかな~?」と思ったりします。

さんまさんのカウンセリングとかがあったら、どんなに悩んでても、「そっか~。生きているだけで丸儲けやな~」「そんな問題、大したことじゃないな~、むしろ、おいしい!」と認知が無理やり、笑わされて修正されてしまうかもしれませんね。
さんまさんに関わると、人生はすべてバラエティーなんだな~と不思議と笑えてきます。
僕も、そんな治療者、支援者になりたいな~。



2019年7月18日木曜日

夫婦や家族がうまくやっていく方法について

普段の自分の生活や診療の中で患者さんのお話を聞いていても、夫婦や家族の関係をそれなりに維持、運営していくということって、結構難しいことだな~、と思う日々です。

そんな中、先日、自宅でテレビをつけたら、番組企画の中で、とても仲の良さそうな素人の夫婦がリポーターに、「夫婦が仲良くやっていく秘訣は?」とインタビューされている一場面がありました。
その夫婦は、「うまくやっていくコツは、深く考えないこと、考えたってどうしようもないことばかりだから。」と返答していました。
また、その番組の中で、お笑いタレントのヒロミさんが、夫婦がうまくやっていく秘訣は「夫婦は、お互いに補い合っていくことが大事!お互いに50点+50点でいい。不完全な人間同士が一緒に補い合って100点を目指せばいいんです」というような内容のコメントをしていました。
ヒロミさんの奥さんといえば松本伊代さんですが、テレビで拝見するイメージでは天然キャラが真っ先に浮かぶだけに、自分にとっては妙に納得のいくコメントでした。

どうしても、夫婦関係では相手に求めすぎたり、どっちが正しいかとか、きっかけにすぎない事柄に白黒をはっきりつけたがったりしてしまいがちです。
個人的には、そんなことなんかで、いがみ合ってちゃいけないな~、と思う日々です。

あくまで、夫婦、家族は、お互いに助け合っていく必要のあるチームであること、もし仮に、いがみ合っている状態であっても、相手を今の自分ができる範囲の中で大切にすることが大事だと思います。

たとえば、暴言を吐かない、叩かない、そうなりそうなくらいなら、口を聞かないことやその場から離れることも大事だと思います。
逆に、自分に受容できそうな冷静さと余裕があり、相手にもそういう雰囲気を感じ、一触即発の状態から脱している状況ならば、謝れなくても、とりあえず一緒にその場にいるということも選択の1つだと思います。
その他にも相手の好きなものを買ってきたり、できるだけ、周囲の人に色々アドバイスをもらったり、客観的に考えるようにすることが重要なことではないでしょうか。

ただ、もちろん状況やタイミングの中で、関係に距離をおいたり、別々になることがその状況での最善の選択である家族がいることも事実ですので、それを否定するつもりは毛頭ありませんが、夫婦関係や家族関係は、何度も何度も繰り返し補修しながら築いていけたらいいなぁと思います。

そのために、このクリニックが支えれる部分で貢献できたら嬉しいです。



2019年7月11日木曜日

『弱さをさらけだす勇気』という本

先日、2020年 東京オリンピックのチケット抽選が何かとメディアに取り上げられていましたが、日本でのオリンピック開催もいよいよ来年、約1年後となりました。
国際スポーツ大会の解説や応援といえば、やはり、元プロテニス選手でテニス指導者でもある、松岡修造さんですよね。(笑)

僕は、松岡修造さんが好きです。 
今回のブログタイトルになっている本の著者でもあります。
何となく、勝手に自分とシンパシーを感じている部分があります。

それはどこかというと、自分の中に気弱な自分や不器用で硬い自分がいること、それを基点にして外に向かっていくエネルギーに変換しているところ。
後は、純粋なところ、暑苦しいところなどなど、何かシンパシーを感じるんです。
松岡修造さんの言葉は、非常に暑くてユーモアがあり、でもストレートに僕の心に突き刺さります。

ブログのタイトルにしているので、この本について少し触れたいと思いましたが、個人的感想としては、この本については題名が全てだと思っています。
自分の中にある弱さを怖がらずにさらけだし、自分なりに向き合うことで、人として成長していくことが、人生で最も重要なことのように思います。

僕も、日々自分の心の弱さとぶつかっていますし、隠すことに無駄なエネルギーを浪費しているな~、と思うこともよくあります。

当院に通院されている小学性の患者さんに、発達障害や知的障害などの理由から、 医師の立場として、支援学級の利用を勧めることがあります。
多くの場合は、本人からすれば、最初、こうした診断が出たことのショックや、支援学級を利用することで「他児からどうみられるのか?」「いじめられないか?」といったことで、支援学級を利用することをひたすら拒否されることもあります。
しかし、数ヵ月通院していく中で、そうした不安が少しずつ取り除かれて、自分の中の弱さや不安と向き合って、支援学級の利用を自ら選択するようになっていかれることがよくあります。
僕は、「本当に勇気があるな!偉いね!」と思います。
誰しも、自分の中で隠しておきたいことってあると思いますが、その自分の弱さという殻を破って、支援を受けることを、自分の中で受容できるようになることが、その人の本当の強さだと思うからです。

-〈一部引用〉-----------------
弱さは見せていいんです。
むしろ、さらけ出してしまった方がいい。
そんな弱さがあるからこそ、乗り越えたとき、僕たちは強くなれる。
そう松岡修造は確信しています!
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だそうです。
もちろん、同じく僕も確信しています!



2019年7月4日木曜日

「子どもがどうやったら、自分から勉強するようになりますか?」と、親御さんに質問されて感じたこと

親であれば、子どもが自発的に勉強して、良い成績をとり学歴をしっかりつけ、この社会で生活していってほしいと、だれもが思うところですよね。
一般的な話を例にすると、母親は特に子どもと接する時間が長い分、つい感情的に〈怒る〉というレベルに達してしまい「いい加減、ダラダラしないで勉強しなさい!」といった具合に、『アニメ ドラえもん』の、のび太君のお母さんみたいに、頭に角をはやし牙をむき出しに雷を落とす、といったことってありませんか?
アニメでは、のび太君は勉強したフリをして遊びに行く~、みたいな流れで話が展開していくわけですけど。。。

まず、「子どもがどうやったら、自分から勉強するようになりますか?」という質問で、 親御さんが子どもに指示を出すときに、
A. イライラをそのままぶつける状態で感情的に言っているのか、
B. 子どもの成長を思って言っているのか、
が最初の大きな分かれ目だと思います。

〈怒る〉〈叱る〉は違います。

〈怒る〉は、自分の感情を相手にぶつけることです。
子どもが勉強をしないことで、親が勝手に不安になっている状態で、感情的に怒鳴って子どもを叱責しても、本人の不安というよりもむしろ親の不安にとって変わってしまい、子どもの主体的な不安にならず当事者意識が薄れてしまいます。
イライラした状態で感情的に言われた指示で、その圧力に屈して、子どもがとりあえず勉強しても、あくまでイヤイヤでやっているので成績は伸び悩むことが多いですし、仮にそれで勉強ができたとしても、その後の人生で主体的に取り組む力が育ちにくい気がします。

人間は、本来繊細で自由を好む生き物ですので、奴隷の状態が、一番仕事や勉強の効率が悪くなり、勉強は嫌いという認識が強まったり、主体性が乏しい子になりやすいような気がします。
重要なのは、自らが主体的に取り組もうとしなければいけないということです。 
結局は、人生は受け身ではいけないということです。

反対に〈叱る〉は、相手を本気で心配し、注意することです。
どうしても人間ですし、特に家族に対しては甘えも生じ感情が先行してしまいがちです。

だからこそ、家族だからこそ、自分の今伝えようとしたことは、
・ただ、自分の感情を相手にぶつけただけなのか?
それとも、
・相手のことを本気で心配して発言したことなのか?
を自問自答することが大切だと思います。

しばしば、僕も家では感情が先だって、家族を傷つけてしまいます。
申し訳ないな~と、最近反省の日々です。

つくづく、日々意識しておきたいことだと思います。
繰り返しになりますが、どこかのタイミングで子ども自身が主体的に行動を起こそうと思わない限りは、継続的に成長していくことは難しいと思います。
そうやって、子ども自身が自らを成長させることを愛を持って観察し、認め、支えてあげることが、親の役割だと思います。
結局、子育ては、親育て!
親である自分を育てるということなんだな~ と実感する日々です。


2019年7月1日月曜日

新しい仲間が増えました

クリニックに新しい仲間たちが来ました。
観葉植物たちです。
クリニックの一員として、すくすくと育ってくれればと思います。
そして、ほんの少しでも、お手伝いをしてくれればと。。。(笑)









2019年6月20日木曜日

「イラッ」としたら「6秒ルール」

人間のもっているさまざまな感情を表す「喜怒哀楽」という四字熟語がありますが、「怒り」は誰もが持っている自然な感情です。 
ただ、この「怒り」の感情というのは、一瞬の爆発力のようなものがあり、その爆発のエネルギーを解放したことにより後悔してしまった、という経験は皆さんも一度くらいあるのではないでしょうか?
もちろん自然な感情ですので、この感情自体を無くすことは、かえって不自然な状態になるわけで、この「怒り」の感情を、いかに上手にやり過ごすか、ということがとても重要です。

今回は、1970年代にアメリカで開発された「アンガーマネージメント」という心理トレーニングの一つをご紹介します。
この方法を意識すれば、誰でも怒りの感情をコントロールできるようになるといわれています。

まず、怒りの感情のピークは「6秒」といわれています。
ですので「イラッ」としたら、まずは怒鳴る前に心の中で、ゆっくり「6」まで数えます。
そして、例えば「大丈夫、大丈夫」「こんなことで怒ってどうする?」「どうってことない」など、心が落ち着くフレーズを繰り返します。

少し掘り下げて説明すると、私たちが怒っているとき脳内では「大脳辺縁系」という情動を司る部分が活発に働いています。
ものすごく簡単にいってしまうと、この大脳辺縁系が活発になると、「アドレナリン」という興奮作用のあるホルモンが分泌されるなど、体内で緊張した状態が生まれます。

実はこの反応は、怒っているときだけでなく、不安や恐怖などのピンチを感じたときに起きている変化と同じものなのです。
つまり、怒りとは、自分の身を守るために欠かせない本能なのです。
しかし、強い怒りに振り回されると冷静な判断力が低下し、衝動的な言動を取りやすくなってしまいます。
「ムカッ」となって怒鳴ったり、手を上げたりするのは、この脳の変化が起こしています。

しかし、こうした衝動的な怒りは長くは続きません。
大脳辺縁系の活性化を合図に、今度は、前頭葉が働いて激しい情動にブレーキをかけようとするからです。
前頭葉には、思考や創造性などの理性を担う部分があり、人間の情動をコントロールしています。
そのコントロールにかかる時間が「6秒」といわれています。
多くの人は 「6秒」 あれば、理性的な判断ができるようになります。
そのため、怒りの感情は 「6秒」 をピークに、あとは下降すると言われています。

頭に血が上るようなできごとに遭ったら、相手に言い返したり、行動を起こしたりする前に、この「6秒ルール」を試してみてください。



2019年6月13日木曜日

「精神科医という仕事をしていてどうやって心身の健康を保っているの?」という質問に対して自分なりに感じたこと

今回のブログは、最近、自分の住んでいる地域の方々と集まって飲み会をする機会があり、そこでの話題の1つをご紹介したいと思います。

日々の生活において、例えば仕事や家事、子育てなど、もちろんみなさんがとりまく環境や状況はそれぞれ異なる中で、ストレスを抱えていらっしゃる方も、たくさんおられる思います。
そんな時、『他の人は、どうやってストレス解消をしているのかな?』『どうやって、イライラしない状況を作っているのかな?』『あの人は、あんな仕事をしているのにストレスがたまらないのかな?』と、疑問に思ったことはないでしょうか。

その飲み会の席でも、おそらくそんな疑問をお持ちだった方が、会話の流れや精神科医の僕がたまたま居合わせた状況の中で、ふと話題にされ、ご質問をされたのだと思います。
「精神科医という仕事って、すごくストレスがたまると思うんですけど、どうやって心身の健康を保っているんですか?」と尋ねてこられました。

もちろん、精神科医という仕事が他の仕事と比べて特段ストレスがたまるとも思っていませんし、ストレスの質や量などは比べることなどはできませんが、改めて、その質問に対して自分でも考えてみました。

個人的に、心身の健康を保つために大事にしていることは、食事、睡眠などのバランスを大事にすることを大前提として意識しています。
そして、なかなか状況により難しいことが多いですが、診療(仕事)と休息のバランスをなるべく保ち、週末はできるだけ診療をせずに心身を休養するようにして、自分や家族のための時間に充てるようにしています。(最近、これもなかなかできなくなっていますけど。)
また、自分や自分の近い人(当院のスタッフ、家族、その関わっている方々)との相互の関係が少しでも良い状態に保てれるようにと意識することで、結果的に自分へのストレスを軽減しています。
一大決心でクリニックを開業し、最良のパフォーマンスを患者さんに発揮できるようにと、開業前に散々悩みに悩んで自分なりの今の診療スタイルになっているのも、もしかすると、このストレスというものとどう付き合って行くか、というのが当時の自分の中で大きな割合を占めていたのかもしれません。 

しかしながら、みなさんもご承知の通りこのストレスというものはこうしてるから万全というものではなく、恥ずかしながら、時々、患者さんから「先生、顔色悪いけど大丈夫?」「先生の方が、しんどそうやけど大丈夫?」と、<患者> ⇔ <医師> の関係が逆転してまう時もあります。
ですが、不思議とそれが一体感になり、治療的にはそこまで悪影響を及ぼしていないような気もしています。(本当のところは、どうでしょうか?)

でも、実際のところ自分が一番ストレスにそこまで悩まないでやってこれた理由は、やっぱり僕は、この精神科医という仕事が好きなんだと思います。
この仕事をしてて飽きたと思ったことはないですし、日々、診療でうまくいかないことがあると悔しい気持ちが襲ってきます。
それとは反対に、ちょっとでも患者さんに治療的に関われたな、と実感できたら自分のこれまでの生きてきた中で生じた罪悪感のような心のつかえのようなものが一瞬消えて何か満ち足りた気持ちになります。(ただし、一瞬で消えますけど。。。)


でもこれは医者が味わえる「おいしいところだな~」なんて思ったりもします。
その一瞬の爽快感というか高揚感のような感覚を何回も味わっていきたいから、それが一番の原動力であり僕が精神科医をしていてそこまでストレスを感じないところなのかな?と思いました。

『あれ?!お酒の席での会話なので楽しく打解けた雰囲気なのに、こんな感じで大丈夫かな?結局、真面目か!』
と思ったので、その飲み会ではもう少しざっくばらんな感じの回答になりましたけど。。。(笑)